東京大学史料編纂所

1.北海道大学所蔵幕末維新期外国関係史料の調査

 二〇〇五年十月二十四日より同二十六日まで、札幌市内の北海道大学スラブ研究センターおよび同大学附属図書館に出張し、当該関係史料を調査・閲覧した。なお調査に際してはスラブ研究センターの原暉之教授ならびに兔内勇津流助教授のご支援を戴いた。記して謝意を表する次第である。
【北海道大学スラブ研究センター】
*Морской сборник(『海軍雑誌』)
マイクロフィッシュ版の、一八六一年第八号~十二号、一八六二年第一号を閲覧し、日本関係記事を複写して入手した。
*Ежегодник Министерстба иностранных дел. год 1 (1861) -53 (1916)
購入マイクロフィッシュ。当初は仏語で、《Annuaire diplomatique de l'Empire de Russie》と題された(Год39(1902) までは仏文)。帝政期外務省の年鑑的な出版物。一八六一年版および六二年版について、部分的に複写を入手した。
【北海道大学附属図書館北方資料室】
旧記172 蝦夷地見廻
(表紙)
「万延二申年正月父奥地東西浦々見廻トシテ出タル時之日記
             夷蝦調役並
              磯村勝兵衛悴ヨリ親類江書送借写」
万延元年一月二十三日から二月二十日までの磯村勝兵衛の日記。一月二十三日富内を出発、二月一日久春内着、二月八日ワアレイ、二月十六日トンナイチャ、二月十七日クシュンコタン。例として二月十六日条を掲げる。
 一朝五ツ時前ヲチョホカを出立、二里斗ニしてトンナイチヤ江着、土人共江土産として酒煙草ヲ取らせ候、当初帰俗土人四郎吉トいふもの、親孝心之趣詰役岡田丈之助申立候ニ付、褒美として縞木綿壱反、造米壱俵遣し、夫ヨリ此所出立、トンナイチヤ沼水之上ヲ五里程走リ行ニ、沼の上は風強ク、吹雪□立風犬皮ノ衣ヲぬらして其寒キ事いふばかりなし、からうじてトウキワイの漁番屋江着、焼火して身ヲあたヽめ飯ヲ焚、酒あたヽめ、ここにて昼食ヲ食、夫より夫半道程山越して、又沼の上氷ヲ三里余渡り、日暮ニチヘンヤニの番屋へ着したれは、常に人無キ番屋寒サハ甚ダしく堪兼候ニ付、例なる蝦夷小屋ニ一宿
旧記377 仙台より南部・津軽・松前・蝦夷地道中記 文久元年 横半一冊
(横半帳・表紙)
「文久元酉年
 仙臺より南部津軽
 松前蝦夷地道中記
        前沢
 辛三月廿九日より 立木善太夫」
 前沢信濃家の足軽による、仙台より択捉島までの道中手控。四月二十一日条、箱館到着の記事を掲げておく。
「箱館奉行村垣淡路守様
 同 組頭河津三郎太郎様
 御陣屋
  御勘定奉行御留守居 国分竹治様
  外国人屋敷四ヶ所有
  ヲロシャ人 アメリカ人
  インキリス フランス
○ 山ノ上町と言遊女町大門有
        金壹分夜店張
○寺四あり
家数三千軒
御臺場三ヶ所 壱ツは壱丁四方海岸ニ有」
旧記674 魯国留学一件文通録 慶応元~二年 竪一冊
(裏表紙見返)
「 慶応元丑年
 魯学傳習人
  書状往復留
    應接懸 」
開拓使のもとで整頓・編纂されたファイルか。箱館奉行所原史料含む。以下に構成を示す。
1 魯西亜国江可被差遣傳習人之儀ニ付相伺候書付(慶応元年四月)
2 箱館奉行宛老中書取(四月八日)人選を六名とする旨
3 小出宛新藤書翰(四月二十二日)
4 老中書取(1に対する指令)
5 魯西亜国江為傳習差遣候者江用意金御渡方之儀ニ付奉伺候書付(新藤、三月二十四日)→老中書取(四月十六日)
6 魯西亜国江為傳習被差遣候醫師之儀ニ付奉願候書付(新藤、四月九日)→老中書取(四月十六日)
7 支配調役並山内作左衛門魯西亜国江為傳習被差遣候旨被仰渡候趣申渡候儀申上候書付(小出、五月十三日)
8 魯西亜国江為傳習被差遣候もの御手當請取方之儀申上候書付(新藤、閏五月)
9 御受書(七月四日)「右惣代」肩書で市川・緒方・山内黒印連印
10 千葉弓雄訳文(七月六日、14の訳)
11 エンダグロウ宛小出書翰(七月、同十六日達)
12 附札案(七月十九日)
13 魯西亜傳習中心心得方奉伺候書付(七月、市川・緒方・山内、十二ヶ条)
14 魯岡士より差出之彼地着之上直ニ可買入品書之御入用又者自分入用を以可取斗仕訳書
15 伺書(七月)
16 ウヰルコフ宛小出書翰(七月)
17 ゴシケーヴィチ宛小出書翰(七月)
18 服部左衛門佐・朝比奈伊賀守宛小出書翰(七月十八日)
19 伝習人名前書
20 白石下総守・早川庄次郎宛小出書翰(七月)
21 伺書(七月)
22 ウヰルコフ宛小出書翰(七月)
23-24箱館奉行宛カナ書翰
25-26ウィルコフ宛小出カナ書翰(七月)
27 市川ら宛橋本悌蔵書翰(七月二十七日)
28 ロント請取書
29 ブホーイツ請取書
30 ウヰルコフ写(七月二十六日、開拓使函館支庁罫紙使用)
31 緒方請取(七月二十七日)
32 達書
33 魯国傳習之者被差遣候義ニ付申上候書付(和泉守宛新藤上申、三月十日)
34 ビューツォフ宛杉浦兵庫頭書翰(慶応二年八月二十二日)
35 ゴシケーヴィチ宛書翰書抜
36 箱館奉行宛ビューツォフ書翰(九月十六日)
37 ビューツォフ宛杉浦書翰(八月二十日)
38 魯国傳習人御手當御賄之儀ニ付相伺候書付(慶応二年九月)→老中書取(十月十二日)
39 魯国傳習人御手當金御賄代洋銀割合候書付
40 魯西亜国ニ留学罷在候もの之儀ニ付申上候書付(慶応四年三月二日、橋本上申)
41 …御手當之儀再應奉願候書付(慶応元年五月六日、新藤願書)
42 箱館組頭衆中宛山内等書翰(慶応二年四月四日着)
43 平山・山村・橋本宛平岡・三田・荒木書翰(九月十二日、黒印アリ)
44 平山・三田・山村・橋本・平岡宛山内等書翰(八月十九日)
45 平山・三田・山村・橋本・平岡宛山内等書翰(慶応元年九月九日)
46 志賀九郎助宛山内等證書
47 荒木・三田・平岡宛橋本・山村書翰(慶応元年十月二十二日)
48 組頭衆中宛山内等書翰(慶応二年二月二十九日、黒印アリ)
49 魯西亜国到着御届(慶応二年二月)
50 荒木・山村・橋本宛三田喜六書翰(五月二十二日)
51 組頭衆中宛山内等書翰(三月十五日)
道資料168 ロシア領事書簡集
箱館在勤ロシア領事から日本側に宛てた書翰の原本。すべて和文。
1 一八六八年十月二日 ロシア領事ビュツォフ→箱館府判事小野惇輔(四十二号)、大工文蔵とアレキセーエフとの争論の件。
2 一八六八年十月一日 ビュツォフ→小野(四十一号)、「カカノカミ」船の所業について。明白に取調なき内は出帆しないよう申入れ。
3 一八六八年十月六日 ビュッツォフ→箱館府知事清水谷侍従(四十六号)。四十二号書翰の件につき、小野の回答不満につき清水谷へ書翰。
4 一八六八年十月十日 ビュツォフ→小野(四十四号)、孛国蒸気船タイパンヂヨ号の件。
5 一八六八年十月二十七日 ビュツォフ→運上所詰合中。秋田留守居屋敷へ放火の風聞の件。
6 一八六九年一月二日 ビュツォフ→永井玄蕃。医師死去につき弔問の礼。
7 五月二十日 ロシア領事タラヘテンベルグ→判府事南貞助。明日面会の件。
8 後欠、日付不明(第三十八号、後掲四十番書翰より六月十八日付と推定)。アレキセーエフ普請の件。
9 一八六九年六月二十五日 タラヘテンベルグ→南(四十号)、アレキセエーフ普請の件につき回答督促。
10 一八六九年六月二十七日 タラヘテンベルグ→南、外国人遊歩免状一通送付依頼。
11 一八六九年七月八日 タラヘテンベルグ→箱館府知事(四十一号)。以後書翰は英文ではなく和文で送付するよう要請。
12 一八六九年七月二十九日 タラヘテンベルグ→南。外国事務担当の役人姓名報知要請。
13 一八六九年九月十八日 タラヘテンベルグ→箱館府知事勤方長谷部卓爾。タラヘテンベルグ宅への盗賊逮捕につきその後の経過報知要請。
14 一八六九年十一月二十二日 タラヘテンベルグ→開拓出張所御詰合中。東京外国事務役人へ書翰送付願い。
15 一八六九年十一月十一日 魯国コンスル館→開拓出張所御詰合中。小出使節の荷物到着につき引渡しの件。
木村家017~019 函府録 横半三冊
 木村時義が箱館奉行所支配向の会計書類を写したもの。三冊目は中途(「書物御用出役之部」)以下未記入。
「  目録
 一奉行之部
 一規則之部
 一組頭之部
 一調役之部
 一調役並之部
 一定役元〆之部
 一定役之部
 一与力同心之部
 一足軽之部
 一手附之部
 一書物御用出役之部
   附同出役
 一通翰御用之部
   附同出役
 一御雇之部
   附立入醫師御雇醫師
 一在住之部
 一雑之部」
木村家021~024 御用留 嘉永七~文久二年 横半四冊
 木村が嘉永七年二月~文久二年正月まで留めたもの。巻一~三の目録には「蝦夷地御達留」ともある。内容は全国触、奉行宛支配向伺書、場所請負人宛奉行申渡など。
①蝦夷地御達留巻之壹 嘉永七年二月~安政三年十一月 全四十三件
②蝦夷地御達留巻之弐 安政四年四月~同六年三月 全七十四件
③蝦夷地御達留巻之三 安政六年三月~万延元年五月 全六十六件
④御用留四・五・六
 1申年御達留 全二十五件
 2酉年御達留 全三十件
 3(文久元年十二月~同二年正月)
(小野 将・柗澤裕作)


『東京大学史料編纂所報』第41号