東京大学史料編纂所

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刊行物紹介

大日本史料 第十二編之五十七

 本冊には、元和八年(一六二二)年末雑載のうち、年貢・課役の条を収めた。また補遺として、前冊(二〇〇二年三月発行)に収めた信仰・土俗の条および貿易の条の欧文材料を追録した。
 年貢・課役の条では、年貢・諸役の収受過程で作成された文書や帳、村方の年貢諸役割帳や年貢納帳、当年の物成高・年貢貫高等を記した史料、年貢負担をめぐる係争に関する記録・案紙等を収歳した。領主側の年貢算用に関する史料は、算用条に収めることとし、採録しなかった。また文書の表の年紀が当年以前で、当年の裏書を持つものも採録しなかった。
 史料の配列は、全体を五畿七道順の国別に分類し、各国の中は郡ごとにまとめた。目次・柱に国名を掲げた。
 標出には、領主側が年貢・諸役を賦課した文書の呼称について、文書の表題・本文中の表記を意識して挙げた。また特殊な負担や納入方法、使用される升の名称等を適宜各国・各所領の初出箇所で挙げた。
 年貢・課役関係の記事を割裂収載した記録類には、「梅津政景日記」(羽後)や「自得公済美録」(備後・安芸)がある。豊前・豊後の細川忠利領の「立御耳工〔公〕事目安之写帳」・「相済申工〔公〕事目安之写帳」については、法制・訴訟・刑罰の条(第五十五冊)で残した、本年に係る出作分年貢・塩年貢・新地開作地年貢・請藪年貢と種子米返納をめぐる計五件の出入を収載した。諸家の条(第五十三冊)から収載している忠利附の小倉の惣奉行から中津に隠居した忠興附の奉行衆等に充てた書状案「仲津江」についても、年貢・課役に関する八通を採録した。また『信濃史料』収載史料については、長野県立歴史館架蔵写真帳・飯田市誌編さん室架蔵写真帳・飯田市立中央図書館所蔵「平沢文書」等を調査して既刊分の校訂と未刊分の新規翻刻に努めた。
 当年の年貢収受に関する各地の史料を、相応に全国横断的に収載した結果得られた知見・成果の若干を、以下八点に整理して紹介する。
①所領支配と年貢賦課文書の名称(表題)について。類別すると、「免相定」(山城京都所司代板倉重宗支配地、摂津松平家信領)、「免目録指紙」(河内幕府代官末吉長方支配地)、「差紙」(伊豆幕府代官市川喜三郎支配地、本文中の称)、「免定」(河内幕府代官松波勝安支配地、遠江松平重忠領、美濃幕府代官岡田善同支配地、下野永井直勝領)、「物成覚」(和泉幕府堺政所職喜多見勝忠支配地)、「年貢下札」(摂津幕府代官中村之成支配地)、表題に「割付」・「わり付」の文言が記された文書(三河幕府代官米倉重種支配地、遠江幕府代官浅井忠政支配地、遠江幕府代官池谷清右衛門支配地、相模阿部正次領、相模幕府代官壷井長勝等支配地、同米倉永時等支配地、上総幕府代官中野重吉支配地、下総幕府代官高室昌重支配地、下総水野忠元領、常陸徳川頼房領、上野幕府代官大河内久綱支配地、磐城丹羽長重領、越後牧野忠成領、但馬生野銀山奉行藤川重勝支配地)、「年貢取定」(武蔵大久保忠職領)、「物成下札」(近江国奉行小堀政一支配地、隠岐堀尾忠晴領)、「年貢定」(信濃仙石忠政領)、「成ケ定」(三河大河内正綱領、上野榊原忠次領)、「物成之事」(岩代蒲生忠郷領、陸中南部利直領)、「定 免相之事」(播磨本多忠政領)、「免定米之事」(讃岐生駒高俊領)等となる。幕領や親藩・譜代大名領での一定程度の共通性を指摘することができる。
②支配の問題山城築山村の堂上新家中山冷泉為尚領に対する免相定は、京都所司代板倉重宗が幕領同様に発給している(「築山村文書」・「若山家文書」)。相模萩曾根村の旗本今井吉正知行行地に対する定書には、幕府勘定頭大河内正綱と同代官守屋行広・成瀬重治の三名も連署・連印している(「和田久徳氏所蔵文書」)。また転封された戸沢政盛の常陸の旧領に対し、新領主徳川頼房への引渡し前に幕府代官伊丹之信等が年貢を賦課している(「土屋家旧蔵文書」)。
③石代納の事例 五分一銀納(河内・和泉幕領)、十分一大豆納(河内・近江・但馬幕領)、五分一銀(志摩九鬼守隆領)、五分一金納(三河幕領)等が見られる。元和年間に固有な摂河泉江州幕領村落における五分一銀納制については、先行研究の説くところだが(森杉夫氏「畿内幕領における石代納」『大阪府立大学紀要人文社会科学編』四、一九五六年三月、朝尾直弘氏『近世封建社会の基礎構造』御茶の水書房、一九六七年三月など)、より広い地域で定量的な石代納制が存在する事例を示し、その始期・変遷の総合的な把握を課題として指摘したい。
④各種の負担 小物成等の呼称として、&#m45969;鮒(遠江幕領)、山札銭(相模阿部正次領)、あみ年貢(近江幕領)、秋山役檜物・札板・しな縄・かんな役(信濃岩城吉隆領)、山手銀・海役舟役銀・御菜銀・肴役銀・室役銀・海諸役米・山手米(越前松平忠直領)、山役銀(丹波幕領)、壱歩米(備後・安芸浅野長晟領)、勝浦川筋五分一役銀(阿波蜂須賀忠英領)、地網銭・帆別銭`海草舟役銀(伊予伊達秀宗領)等が見られる。
⑤収受に用いられた升の名称 京升(和泉幕領・磐城丹羽長重領・能登前田利常領)、「公儀御定之升」(近江幕領)、弦懸升・中納升(若狭京極忠高領)、本升(能登前田利常領)等が見られる。この年、筑前福岡城主黒田長政が江戸において各種升の容積を比較・計量させているように(「黒田家譜」十四、第五十三冊、諸家の条所収)、寛文九年(一六六九)の江戸幕府による全国統一的な京升公定(藤井譲治氏『幕藩領主の権力構造』岩波書店、二〇〇二年一〇月)前後、諸藩・各地で多様な升が用いられていた(宝月圭吾氏『中世量制史の研究』吉川弘文館、一九六一年三月、高瀬保氏「加越能三州に伝来する古枡」『富山史壇』九三、一九八七年三月など)。周知の事柄だが、当年の実例を示しておく。
⑥収受に用いられた貨幣 幕府代官遠山直定の遠江大磯村の年貢請取手形に「江戸小判」(「大鐘太喜郎氏所蔵文書」)、細川忠利領豊前宇佐郡高家村塩年貢運上銀請取状に「平田判銀」(「相済申工事目安之写帳」)での収受を確認することができる。
⑦村落内で作成された収納過程の史料 先行研究で分析・紹介されているが(吉田ゆり子氏『兵農分離と地域社会』校倉書房、二〇〇〇年一一月)、未公刊だった藤堂高虎領山城上狛村の年貢諸役割帳二点(「浅田家文書」)を収載した。また信濃飯田城主脇坂安元領福与村(「福与文書」)・下殿岡村(「矢沢直人氏所蔵文書」)・虎岩村(「平沢文書」)の年貢納帳を翻刻・校訂して収載した。旗本井上庸名知行地信濃芋平村・野池村の酉年分年貢納払帳(「大平文害」)については、写真帳に拠り錯簡を正して収戴した。
⑧その他の事項 近衛信尋領山城寺戸村の内検帳二冊(「近衛文書」)に散見する「から(唐)道」成り分の記載は、秀吉による西国街道造成時に供出された耕地の地所・面積・石高を示すものである。また、脇坂安元領での本年貢皆済状と小物成皆済状の二通を一紙に収めた事例は、注目に値する(「松下徳昌氏所蔵文書」)。
 補遺としては前冊に続き、信仰・土俗の条にキリスト教関係の「マドリード市国立図書館所蔵文書」一点、貿易の条にイギリス関係の「英国印度事務省文書」(大英図書館所蔵)九点、計十点の欧文材料を収めた。  (目次二頁、本文四二一頁、補遺訳文目次一頁、同訳文一〇二頁、同欧文目次二頁、同欧文材料本文六〇頁、元和八年英文史料一覧二頁、本体価格一〇、〇〇〇円)
担当者宮崎勝美・山口和夫・及川亘・五野井隆史・浅見雅一・松井洋子・松方冬子・大橋明子


『東京大学史料編纂所報』第38号p.29-31