東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

日本関係海外史料 オランダ商館長日記 原文編之九

 本冊は、オランダ商館長日記原文編之九(自寛永二十一年十月、至正保三年九月 Original Texts Selection I, Volume IX.November,24,1644−October 27,1646)として、ピーテル・アント二スゾーン・オーフルトワーテル Pieter Antonisz.Overtwaterの二回目の商館長在任中、及びレイ二エール・ファン・ツムReynier van Tzumの商館長在任中の、併せて約二年に及ぶ公務日記を翻字翻刻したものである。底本として用いたのは、Daghregister des Comptoirs Nangasacky in Japan, beginnende 24 november [1644] ende eyndight 27 october Anno 1646.という標題を持つ写本である。同商館長日記としては異例ながら、同一写本内に、二年分の公務日記が収録されており、本冊もこれに倣った。原本は、オランダ国ハーグ市、オランダ国立中央文書館(Het Algemeen Rijksarchief,以下ARA)所蔵、『日本商館文書』(以下NFJ)第五九号、旧番号(KA)一一六八七号である。翻刻に際しては、本所所蔵のマイクロフィルム複本(本所架蔵マイクロフィルム番号六九九八−一−四−三、同焼付本七五九八−二−五)に拠った。
右の底本(〔A本〕)に対して次の二種の異本により校合を行なった。
〔B本〕
Daghregister offte dagelijckse aenteeckeningen des Contoirs Nangasacquy gehouden ende gedaen bij Pieter Antonisz.Overtwater, oppercoopman ende opperhoofft over 's Compagnies ommeslagh en handel in Japan na 't vertreck van den E. Jan van Elserack sedert 24 november des jaers 1644 tot 25 october deses jaers 1645.(ARA,VOC1156, KA1059, fol.12r.-44v.)(本所マイクロフィルム六九九八−五−七−六〇、同焼付本七五九八−六〇−五〇(a))
この写本は、一六四四年一一月二四日以降一六四五年一〇月二三日までの記載を含み、バタフィアに持ち帰られて、同地からさらに『東インドよりの到着文書集』Overgekomen Brieven en papieren uit Indiëに収録されて、オランダ本国に送られた。
〔C本〕
Journaelse aenteeckeningh van 't gepasseerde in 't Keyserrijck van Japan desen jaere anno 1646.(ARA,VOC1161, KA1062bis, fol.628r.-646v.)(本所マイクロフィルム六九九八−五−八−五、同焼付本七五九八−六〇−五四(c))
同じくバタフィア経由本国に送られた写本で、一六四五年一一月三〇日以降一六四六年一〇月一日までの記載を含む。
 以上、本文とその校訂に利用したA・B及びCの写本の間には、個々の書記による僅かな単語の脱漏や挿入、綴字や語順の相違が散見するほかは、決定的な相違は見られない。
 本冊には、本文の日記に関係する八点の文書を附録一〜八として掲載した。このうち、附録一・二及び七は東インド評議会の書翰である。『バタフィア発信書翰控簿』一六四五年分(Batavia's Uitgaand Briefboek 1645. ARA,VOC869, KA772)及び同一六四六年分(Idem 1646. ARA,VOC 870, KA773 )(本所マイクロフィルム六九九八−二三−四及び五、未焼付)に謄写されているものを底本とした。このうち、附録一及び二については、一六四四年・一六四五年の『長崎商館受信文書控』(Ontvangen Brieven te Nagasaki)(ARA,NFJ 281, KA11723)(本所マイクロフィルム六九九八−一−三一−六、同焼付本七五九八−九−五)によって校訂した。附録三及び八は長崎商館における決議であり、『長崎商館決議録』(Resolutiën genomen in Nangasacki)(ARA,NFJ 5,KA 11683)(本所マイクロフィルム六九九八−一−一−三、同焼付本七五九八−六−一)に謄写されているものを底本とした。このうち、附録三は、『東インドよりの到着文書集』(ARA,VOC 1156,KA 1059)(本所マイクロフィルム六九九八−五−七−六二、同焼付本七五九八−六〇−五〇(c))に収録されているものと校合した。附録四・五及び六は、商館長ピーテル・アント二スゾーン・オーフルトワーテルの手によるもので、バタフィアから本国へ送られた『東インドよりの到着文書集』(ARA,VOC 1161,KA 1062bis)(本所マイクロフィルム六九九八−五−八−一二・一三及び二二、同焼付本七五九八−六〇−五四(i)・(k)及び五五(h))に収録されているものを底本とした。以上の附録の内容は次の通りである。
附録一、「商館長ピーテル・アント二スゾーン・オーフルトワーテル充東インド評議会書翰」一六四五年六月三日付
Missive van de Raden van Indië aan de opperkoopman Pieter Antonisz.Overtwater. Batavia, 3 Juni 1645.
附録二、「商館長ピーテル・アント二スゾーン・オーフルトワーテル充東インド評議会書翰」一六四五年六月一九日付
Missive van de Raden van Indië aan de opperkoopman Pieter Antonisz.Overtwater. Batavia,19 Juni 1645.
附録三、「長崎商館決議」一六四五年一〇月二三日付
Resolutie aangenomen op het Comptoir Nagasaki. Nagasaki,23 October 1645.
附録四、「レイ二エール・ファン・ツムに対する訓令書」一六四五年一一月二九日付
Instructie opgesteld door Pieter Antonissen Overtwater voor Reinier van Tzum. Nagasaki,29 November 1645.
附録五、「レイニエール・ファン・ツムに対する職務権限委譲書」
Autorisatie voor Reinier van Tzum. Nagasaki,29 November 1645.
附録六、「長崎商館資産引継目録」一六四五年一一月二九日
Transport van effecten. Nagasaki,29 November 1645.
附録七、「商館長レイ二エール・ファン・ツム充東インド評議会書翰」一六四六年六月一八日付
Missive van de Raden van Indië aan de opperkoopman Reinier van Tzum. Batavia, 18 Juni 1646.
附録八、「長崎商館決議」一六四六年一〇月一日付
Resolutie aangenomen op het Comptoir Nagasaki. Nagasaki,1 October 1646.
 なお、本冊の巻頭には口絵として、日記底本の表紙及び第一頁、附録三文書の末尾にあるピーテル・アント二スゾーン・オーフルトワーテル及びレイ二エール・ファン・ツムを含む署名部分を白黒で掲載した。
 本冊の校訂に関しては、ワウテル・エリアス・ミルデ(Wouter Elias Milde)氏、レイ二アー・H・ヘスリンク(Reinier H.Hesselink)氏から多大の協力を受けた。編集・校正については、本所非常勤職員大橋明子氏の協力を得た。
(解説・例言一四頁、目次二頁、図版三、本文二二六頁、索引一七頁)
担当者 松井洋子・松方冬子


『東京大学史料編纂所報』第34号p.32