東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本史料 第六編之四十三

本冊には南朝長慶天皇の天授元年=北朝後円融天皇の永和元年(一三七五)正月から五月までの史料を収めた。南北両朝ともに改元が実施され、文中から天授へ、応安から永和へと改まった年である。
北朝においては、正月に後光厳天皇の諒闇が終わり、応安四年の春日神木動座以来変則的であった体制がようやく解消された。この時期、柱となる記録は「愚管記」のみであるが、「後愚昧記」の附帯文書に、後光厳一周忌から後円融天皇の大嘗会の準備に向けて、先例の確認や記録の貸借等を行なう貴族達の動きをみることができる。二月の鬼間議定始の際の、西園寺実俊(正二位前右大臣)と三条実継(従一位前内大臣)との座次相論についても同史料が詳細を伝えてくれる。
武家では、将軍足利義満がはじめての石清水八幡宮参詣・参内を遂げており、公的活動の場を広げていく様子が注目されよう。九州では、幕府方の今川貞世(了俊)が肥後に進み、次冊でいよいよ画期となった水島の戦いを迎える。
三月二十一日の東寺御影供にあたっては、服暇中の僧侶が御影供執事をつとめることの是非が問題となり、元徳三年(一三三一)の同様の事件に関わる書状等が、論拠として多数利用された。関係史料が「阿刀文書」「東寺観智院金剛蔵聖教」「東宝記」等に分散して収められているが、整理して収録した。また三月是月条に、東寺が播磨矢野荘例名・若狭太良荘への役夫工米賦課の免除を申請した申状を、土代を含めて五点収録した。内奏、ついで奏聞と、状況に応じて文言に変更を加えていった過程を逐うことができて興味深い。ほかに、長日三壇法始行の二度にわたる延引、青蓮院尊道親王・道円親王の登山・受戒などを伝える青蓮院関係の史料が豊富である。
正月八日には禅僧中巌円月が死去する。中巌自作の伝記である「自暦譜」と他の史料との対応を示すことと、他の禅僧の詩文など、中巌の関係史料を蒐集することに主眼を置いて伝記を作成した。関連史料でも、掲載せずに連絡按文で処理したものは、『大日本史料』の当該条を参照されたい。なお、「自暦譜」文和元年条、吉祥寺が御願所となるの関連史料は、『大日本史料』正平七年八月一日条に収録されている。ご所蔵者常盤山文庫のご高配にあずかり、中巌の墨跡一点を図版として掲載した。伝記の編纂には、山口隼正氏・今泉淑夫氏のご助言を得た。
(目次一二頁、本文三五三頁、挿入図版一葉)
担当者 山家浩樹・本郷恵子・本郷和人


『東京大学史料編纂所報』第31号p.16