東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

日本荘園絵図聚影一上 東日本一

『日本荘園絵図聚影』は、これまで近畿一(山城)・近畿二(大和)を刊行しており、本冊は第三冊目にあたる。当初の出版計画では、東日本の荘園絵図を一冊で刊行する予定であったが、分量が多すぎることが分かったので、二冊とすることにし、本冊では越中以北に所在する荘園の絵図を収録した。
本冊に収録した荘園絵図とその所蔵者は以下の通りである。

陸奥国骨寺絵図一 中尊寺
陸奥国骨寺絵図二表 中尊寺
陸奥国骨寺絵図二裏 中尊寺
陸奥国岩切分七町荒野絵図 水沢市立図書館
越後国奥山荘波月条絵図 中条町役場
越後国奥山荘与荒川保堺相論和与絵図 反町英作氏
越後国居多神社四至絵図 居多神社
越中国新川郡丈部開田地図 天平宝字三年 正倉院宝物
越中国新川郡大薮開田地図 天平宝字三年 正倉院宝物
一〇 越中国射水郡須加開田地図 天平宝字三年 正倉院宝物
一一 越中国射水郡鳴戸開田地図 天平宝字三年 福井成功氏
一二 越中国射水郡〓田開田地図 天平宝字三年 正倉院宝物
一三 越中国礪波郡石粟村官施入田地図 天平宝字三年 奈良国立博物館
一四 越中国礪波郡伊加流伎開田地図 天平宝字三年 正倉院宝物
一五 越中国礪波郡井山村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図一) 正倉院宝物
一六 越中国礪波郡伊加留岐村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図二) 正倉院宝物
一七 越中国礪波郡杵名蛭村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図三) 正倉院宝物
一八 越中国射水郡須加村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図四) 正倉院宝物
一九 越中国射水郡鳴戸村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図五) 正倉院宝物
二〇 越中国射水郡鹿田村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図六) 正倉院宝物
二一 越中国新川郡大荊村墾田地図 神護景雲元年(東大寺墾田并野地図七) 正倉院宝物
二二 越中国射水郡鳴戸村墾田地図 奈良国立博物館
二三 越中国射水郡鹿田村墾田地図 奈良国立博物館
二四 越中国礪波郡石粟村官施入田地図 天理大学附属天理図書館


 以下に、本冊に収録した絵図について編集上の若干の説明を加えておく。
 まず、中世荘園絵図に関する説明から始めたい。一〜三の骨寺絵図は東北日本の代表的な荘園絵図であり、これまでにも各種の出版物にその図版が掲載されているが、本冊ではとくに二の裏に描かれた下書とおぼしき絵図を収録した。この絵図が何処を描いたものであるかは問題であり、たとえば中尊寺周辺が候補地として思い浮かぶが、今後の本格的な研究をまちたい。四の岩切分七町荒野絵図は、絵図の表と裏をぴたりと合わせたかったのであるが、フィルムの撮影条件の微妙な違いによって、ズレが生じてしまっている。裏の情報を分析する際には、その点に留意して頂きたい。また、五の奥山荘波月条絵図には、原本を熟視すると、要所要所に角筆の跡が認められる。しかし、本図版では、コロタイプ・カラーのいずれによっても、それを確認することができないのは残念である。
 次に、本冊に多数収められた古代荘園絵図についての説明に移る。史料編纂所では、既に一九六五年に『東大寺開田図』を刊行し(『大日本古文書』東大寺文書之四)、その釈文編を『大日本古文書』東大寺文書之四付録として一九六六年に刊行している。この『東大寺開田図』は、正倉院宝物を中心とした東大寺開田図の初めての精密なコロタイプ印刷図版として、日本古代史研究や荘園絵図研究の基盤を提供する画期的な出版物であった。その撮影は、正倉院事務所から指定された便利堂により、大型カメラを据え付け、半切・四ツ切や赤外線の乾板を多数使用して、最高の技術で行われたものであった。布に描かれた開田図の解読には高解像度の写真版が必要であるとの認識のもとに、多数の分割図や部分図、赤外線撮影図を掲載した。当時の本所の担当者は、川崎庸之、土田直鎮、皆川完一であった。
 『東大寺開田図』は、その後一九八〇年に、学界の要望に応えて、東京大学出版会より写真複製版が刊行されたが(原版はコロタイプ印刷であったので増刷はできなかった)、残念ながら原版の精細度には及ばなかった。しかし、その複製版も品切れとなり、最近、古代荘園研究・調査が盛んになる中で、高精度の開田図図版への学界の要望が高まっていた。県史や市史にも個々に開田図の大判の図版が収録されることもあったが、開田図全体に及ぶものではなかった。そこで、我々は、『東大寺開田図』に掲載された図を、部分図や分割図まで含めて全て再度収録する計画をたてた。しかしながら、東大寺開田図の内、一・東日本編に収録すべきもの(越中・越前・近江)の図版頁数を計算すると、当該地域には中世荘園絵図も少なからずあることから、当初計画を変更して東日本編を上・下に二分割せざるを得ないとの結論に達した。二分冊とすることは、購読者の経済的負担を増すことになるが、学術資料の提供の機会としてこれを逃すことはできないとの認識から、計画を変更したのである。
 ところで、『東大寺開田図』製作の際のような大規模な撮影を本書刊行のために再度実施することは、現状では不可能なことであった。そこで、『日本荘園絵図聚影』に正倉院宝物の東大寺開田図を収録するにあたって、モノクローム図版は、正倉院事務所に保存されている『東大寺開田図』に使用した乾板を再度利用し、前回と同じく全体図・部分図を全てコロタイプで印刷することにした。またカラー図版には、正倉院事務所撮影の最新の五×七判、四×五判のフィルムを使用した。東京大学出版会と印刷担当の便利堂には、三〇年前に使用した乾板の膜面を再度印刷に使用するという困難な作業を行ってもらった。そして、何回かのテスト印刷を経て、布目も鮮やかな図版を再び得ることができたのである。
 また、奈良国立博物館と天理大学附属天理図書館が所蔵する東大寺開田図は、カラー・モノクロ写真共に新規に撮影し、精密な図版を掲載することができた。これらは、『東大寺開田図』へ掲載されたのち、それぞれ改装されており、今回の図版の方がより鮮明なものになっている。
 天理図書館所蔵の越中国礪波郡石粟村官施入田地図は、紙背にも条里界線がある。この裏面については、図書館が改装時に撮影した紙背のフィルムを使用することができた。また、正倉院宝物である越中国の神護景雲元年の七図一幀の開田図のカラー図版は、版面上での縦長を一定にして各図相互の接続関係がわかりやすいようにした。さらに、開田図には、最近の史料学的関心に応えることができるように、カラー図版にもスケールを挿入するようにした。なお、天平宝字三年鳴戸開田地図は、製作開始時までに現在の所有者が判明しなかったので、『東大寺開田図』所収の版を使用した。東大寺開田図の調査・撮影あるいはカラー図版色校正には、正倉院事務所・奈良国立博物館・天理図書館の特段のご配慮をいただいた。
本書には越中の開田図が収載されたが、次回刊行の東日本下には越前・近江の開田図が掲載される。両冊により、古代荘園絵図研究がいよいよ盛んになることを期待している。
 最後に、本書への図版掲載を許可された所蔵者各位に謹んで謝意を表する。
(例言一頁、目次三頁、図版一一四葉)
担当者 黒田日出男・石上英一・榎原雅治・岡田隆夫・加藤友康・久留島典子・黒川高明・近藤成一・高橋敏子・林譲・保立道久・山口英男・山田邦明・鶴田啓


『東京大学史料編纂所報』第30号p.19