東京大学史料編纂所

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醍醐寺史料調査

 一九九二年八月十七日より二十一日までの五日間、京都市伏見区醍醐寺に出張し、継続事業として二一八函から二二六函までの文書・聖教を調査し、二二一函の一部を除いてほぼ全てをマイクロフィルムに撮影した。
 また、一函より一二函までの文書のうちから標本となる史料を選択し、そのうちでも特に参考となると思われる史料を四×五フィルムに撮影した。撮影文書リストは左の通りである。なおこの文書の撮影にあたっては、醍醐寺当局の格別な御高配をたまわった。記して謝意を表したい。
醍醐寺文書 4×5写真撮影リスト

函  番号   文書名
1  1—1  建暦元年四月六日 関東御教書
1  1—2  延慶元年十一月二十三日 関東下知状
1  1—5  暦応三年五月二十日 将軍家(尊氏)御教書
1  1—7  康永三年十一月二十八日 引付頭人上杉朝定奉書
1  1—8  貞和二年四月十五日 越中守護桃井直常請文
1  1—9  貞和三年五月十四日 引付頭人上杉朝定奉書
1  1—10 貞和三年八月二十八日 引付頭人上杉朝定奉書
1  1—11 観応元年十一月三十日 足利義詮御判御教書
1  1—12 延文元年十二月四日 引付頭人上杉朝定奉書
1  2—1  建武五年八月十一日 足利尊氏御判御教書
1  2—2  建武三年十二月二十七日 足利尊氏御判御教書
1  2—3  建武三年二月一日 足利尊氏篠村八幡領寄進状
1  2—6  康永三年七月三十日 足利尊氏自筆書状
1  2—7  観応二年一月十六日 足利尊氏篠村八幡宮領寄進状
1  2—8  観応二年二月一日 足利尊氏御内書
1  3—1・2貞和五年十一月十九日 足利義詮御内書
1  3—4  観応二年十月十七日 足利義詮御判御教書
1  3—10 延文三年二月十二日 足利義詮書状
1  3—21 貞治六年九月二十七日 足利義詮鎮守八幡宮領寄進状
1  3—25 年未詳八月二十二日 足利義詮自筆御内書
1  4—1  応永六年三月二十二日 足利義満御判御教書
1  4—2  応永六年四月十三日 管領畠山徳元施行状
1  4—3  応永五年十二月十四日 将軍家(義持)御教書
1  4—5  年月日未詳 醍醐寺方管領諸門跡等目録
1  5—1  康暦元年九月十日 足利義満御教書
1  5—2  年未詳十一月二十七日 足利義満自筆御内書
1  5—3  応安五年十一月三日将軍家(義満)御教書
1  6—1  応永十七年十二月二十六日 足利義持御判御教書
1  6—5  応永二十二年十二月十四日 足利義持寄進状
1  6—6  応永二十五年七月十日 足利義持自筆書状
1  6—7  応永二十五年十二月六日 越前守護斯波義淳遵行状
1  6—11 応永二十六年十一月十九日 管領細川満元施行状
1  6—12 応永二十六年十一月二十二日 山城守護一色義貫遵行状
1  6—14 応永三十一年五月十日 九州探題渋川義俊施行状
1  7—1  年未詳二月二十八日 足利義持自筆書状
1  7—2  正長二年七月二十九日 足利義教自筆書状
1  7—3  年月日未詳 醍醐寺方管領諸門跡等所領目録
1  8—2  永享元年十月二十九日 後花園天皇口宣案
1  8—5  永享七年五月十八日 足利義教御判御教書
1  9—1  長禄四年七月四日 足利義政御判御教書
1  9—2  年月日未詳 醍醐寺方管領諸門跡等所領目録
1  10—1 年月日未詳 醍醐寺方管領諸門跡等所領目録
1  11—1 永正十七年十月二十六日 室町幕府奉行人連署奉書
1  11—2 年未詳九月二日 一色義直書状
1  11—3 年未詳四月二十七日 将軍家(義政)御教書
1  11—4 (長禄四年)八月二十三日 細川勝元書状
1  12—3 天文十四年五月二十七日 三好長慶禁制
1  12—9 年未詳八月三日 足利義輝自筆書状
1  16—1 年未詳五月二十三日 足利義晴自筆御内書
1  16—2 年未詳十月二十九日 足利義晴自筆書状
1  17—2 年未詳九月二十九日 足利直義書状
1  18—1 年未詳七月二十四日 斯波義将自筆書状
1  19—1 暦応四年二月二日 足利直義御教書
1  19—6 暦応四年八月二十一日 足利直義下知状
2  6    久寿二年四月二十七日 座主権大僧都元海譲状
2  20   建久七年六月十三日 権僧正勝賢譲状
2  33   寛喜元年八月日 醍醐寺座主三綱連署挙状案
2  39—1 建長五年五月二十日 官宣旨
2  39—2 建長五年五月二十日 官宣旨
2  40   建長七年二月日 醍醐寺座主三綱連署挙状
2  46—2 年月日未詳 玄輝門院消息
2  48   (正安元年)七月十五日 六条有房奉書
2  74   永仁二年四月四日 伏見天皇綸旨
2  89—1 (永仁元年)九月三十日 関東返状
2  89—2 (徳治三年)四月十九日 権僧正憲淳挙状
2  89—3 (徳治三年)五月二十二日 関東返状
2  89—4 (延慶二年)六月四日 権僧正隆勝書状
2  90   寛元元年七月十九日 関東下知状
2  97   (嘉暦二年)八月十五日 後醍醐天皇綸旨
2  98   正慶二年一月十七日 前大僧正賢助置文
2  103  応長元年十月十四日 伏見上皇院宣
2  108  乾元元年十二月五日 後宇多上皇院宣
2  109  (嘉暦三年)六月十五日 後醍醐天皇綸旨
2  114—1康正二年八月十八日 伊勢守護一色義直遵行状
2  114—2応仁元年十二月二十一日 室町幕府奉行人連署奉書
3  1    長承二年九月日 紀伊国司庁宣
3  3    永暦元年二月十三日 美福門院庁下文
3  10   承安元年四月二十六日 醍醐寺政所置文
3  11—10(永仁元年)十二月二十八日 矢野倫景奉書
3  17   承久四年四月五日 関東下知状
3  20—1 寛喜三年八月二十八日 前権僧正成賢譲状
3  20—2 弘長元年七月二十八日 前権僧正憲深自筆譲状
3  20—3 正応五年八月二十四日 僧覚雅附属状
3  25   (建長元年)五月二十三日 権大僧都憲深申状土代
3  34—3 (元亨三年)八月十四日 邦良親王令旨
3  34—4 (文保三年)四月一日 後伏見上皇院宣
3  34—5 (嘉暦元年)十月十二日 葉室長光奉書
3  42   建長三年六月九日 太政官牒
3  45—2 正慶元年九月五日 検非違使庁廻文
3  45—3 年月日未詳 知足院家地相伝系図
3  48   文永元年七月二十九日 摂津国野鞍庄下司方雑掌申状
3  55   弘長三年九月十八日 後嵯峨上皇院宣
3  65—1 永仁五年二月一日 権大僧正憲淳付法状
3  65—2 (永仁五年)八月三日 後深草法皇院宣添状
3  65—3 (正安二年)正月十三日 伏見上皇院宣
3  65—4 (正安二年)正月十三日 高倉経守書状
3  65—5 正和三年十月二十一日 僧正隆勝付法状
3  86   応安二年八月日 大江忠興寄進状
3  107  (観応二年)正月十五v 僧雅縁披露状
3  114  (観応元年)十一月二十五日 柳原資明書状
4  34   文和元年十二月十四日 将軍家(義詮)御教書
4  35   延文三年二月十六日 摂津守護代赤松範清請文
4  36   延文三年二月十八日 摂津守護赤松光範請文
4  40   年月日未詳 仏名院領野鞍庄相伝系図
4  45   元徳三年八月五日 後醍醐天皇綸旨
4  47—4 正和元年七月日 後宇多法皇院庁下文
4  50—2 (嘉暦四年)五月十七日 吉田定房勘返僧正隆舜書状
4  60—1 建武三年七月二十一日 足利尊氏御教書案
4  60—2 (建武三年)九月二十一日 足利尊氏御内書
4  60—3 正平六年十一月二十五日 足利義詮禁制
4  61—1 (建武三年)十二月二十九日 足利直義自筆巻数返事
4  61—2 建武二年十一月十日 足利直義御教書
4  61—3 年未詳十一月十四日 足利直義巻数返事
4  63—1 (建武三年)十二月二十九日 光巌上皇院宣
4  83   応永十九年三月二十三日 東寺長者大僧正隆源御教書
4  116  年未詳十一月十五日 醍醐寺座主義演自筆事書
5  7—1  正和二年二月十三日 九条忠教御教書
5  14   建治三年六月日 醍醐寺報恩院領年貢注進状
5  17   建長元年九月二十九日 権大僧都仁教譲状
5  20   年月日未詳五智院南地差図
5  24—1 (康安二年)一月六日 後光巌天皇綸旨添状
5  35   (天文三年)閏一月十三日 後奈良天皇綸旨
5  54   文安元年十二月二十七日 室町幕府奉行人連署奉書
6  7    徳治三年五月二十九日 権僧正憲淳置文
6  32   文和二年七月日 尾張国諸郷保地頭正税弁済所々注進状
6  48   延徳二年二月二十九日 権大僧都澄恵附属状
6  65   延徳四年二月二十九日 権大僧都澄恵坊舎等預状
6  67   宝徳三年十二月三十日 執当快我料足請取状
6  82   延徳二年十一月日 報恩院院主賢深袖判下知状
6  85   寛正五年十一月二十七日 大僧都弘鎮自筆放状
6  93   年未詳三月二十六日 越前国井野部郷百姓申状
6  95   文安五年四月日 天竜寺雑掌申状
6  159—2文明十一年十月十一日 西谷敷地差図
6  166  年未詳十月八日 九鬼景隆請文
6  180  明応六年二月二十日 醍醐寺年中行事
6  190  (永享二年)三月二十四日 永助法親王自筆書状
6  193  年未詳十一月十一日 海老名誓誉書状
6  197  天正七年十二月二十三日 長盛起請文
7  7    (正応三年)五月十三日 僧親玄重申状
7  12   年未詳六月二十九日 崇光上皇院宣
7  18   (永享三年)五月九日 僧正満済自筆書状
7  19   (応永十九年)十二月十七日 甘露寺清長書状
9  9    (明徳四年)四月四日 権僧正宗助書状
9  91   (天文十七年)五月五日 松田頼藤書状
10 8    建治二年五月二十六日 中納言吉田経俊書状
10 12   年未詳一月十四日 中納言柳原資明書状
10 28   (正平七年)一月十三日 金剛王院実助書状
10 34   (観応二年)一月十四日 前大僧正賢俊書状
10 48   年未詳六月三日 理性院宗助置文
10 54   (応永三十五年)四月十七日 権大納言万里小路時房書状
10 63   長禄二年十月二十日 建仁寺明貞等連署請文
10 68   (長禄二年)十二月晦日 香西元資書状
10 90   年未詳九月五日 一条冬良書状
11 1—1  弘安四年十一月十八日 大僧正定済譲状
11 1—4  弘安六年五月日 亀山上皇院宣
11 2    建保五年二月三十日 藤原頼実諷誦文
11 10   徳治二年三月二十一日 権僧正実淳起請
11 13   (延慶二年)四月八日 崇演(北条貞時)書状
11 38   文明元年八月二十七日 山門使節祐源・慶成連署書下
11 44—2 年月日未詳 伊勢国智積・川嶋山田境指図
11 49   永享四年七月二十五日 大饗官人交名注文
11 50   年月日未詳 室町幕府御前奉行次第注文
11 55   (応永二十三年)九月二十九日 大僧正満済書状
11 61   (永正七年)七月十六日 座主持巌御教書
11 121  年未詳八月二十二日 僧順忍書状
11 125—1年月日未詳 足利義輝書状
11 129  年月日未詳 報恩院多宝塔柱等絵仏名注文
12 7    年未詳六月十二日 北条義時書状
12 8    永仁三年二月二十二日 大僧正賢助置文
12 29   観応元年十二月二十七日 足利尊氏寄進状
12 30   年未詳六月一日 足利直義書状
12 35   嘉慶二年十月十一日 後円融上皇院宣
12 41   応永三年十一月十四日 足利義満御判御教書
12 42   応永三年十一月二十六日 越中守護畠山基国遵行状
12 43   (応永七年)十一月二十七日 足利義満御内書
12 48   応永十七年九月二十三日 南禅寺帰雲院々主等連署請文
12 52   長禄四年七月四日 足利義政御判御教書
12 53   寛正五年十一月六日 越中守護畠山政長書下
12 54   永禄十一年十月二十八日 室町幕府奉行人連署奉書
12 55   (永禄十年十月四日) 正親町天皇女房奉書
12 56   (天文十一年五月十六日) 後奈良天皇女房奉書
12 74   (永享元年)十月十七日 伝奏権中納言勧修寺経成奉書
12 76   (天文三年)三月四日 堯空(三条西実隆)書状
12 115  年未詳十二月十七日 甘露寺親長書状

  (千々和到・久留島典子・針生邦男・山田邦明・吉田成・山口和夫・高橋慎一朗)


『東京大学史料編纂所報』第28号p.42