東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本近世史料 市中取締類集二十

 本冊には、旧幕府引継書類の一部である市中取締類集のうち、前冊に引き続き書物錦絵之部八冊のなかの、第五・第六冊を収めた。
 本冊には、第一七二件「書籍改印有之候元本蔵板主下遣候儀ニ付調」から第二三五件「赤穂実録外三品売弘願調」までが収められているが、その期間は嘉永三年から同五年までで、すべて追加市中取締類集である。
 冒頭の第一七二件は、改印のある元本の取り扱いをめぐる一件である。売弘願いに添えて提出された元本は、町奉行所に留め置かれていたが、これでは蔵板主にとって不都合であるとして、紀伊徳川家附家老水野忠央が、返却してもらえるよう学問所に取計らいを依頼してきた。学問所から手続変更の掛合いを受けた町奉行所ではこれを承知し、医学館・天文方へも問い合わせ、両者ともに支障なき旨の返答を得、以後は製本を二部提出し、元本は蔵板主に返却することになった。これと同時に、これまで医学館・天文方の改済み蔵板書でも、売弘願いが出されると町奉行所ではそれぞれへ掛合っていたが、以後改印がある場合には町奉行の手限改めで済ませることになった。既に学問所との間ではこうした措置が実施されていたが(本書前冊、第一一九件参照)、ここに医学館・天文方との間でも、学問所と同様に売弘願いの処理手続きが簡略化された。
 また、第二二九件「江戸切絵図彫刻売弘願調」は、開板・売弘願いの出された江戸切絵図に市中名主の苗字が記されていたため問題となったもので、苗字御免の堀江町名主熊井理左衛門・新材木町名主石塚三九郎・長谷川町名主鈴木市郎右衛門以外は苗字を削除するのが適当との、市中取締掛与力の評議が付されている。この他、京都の神沢其蜩庵薯「其蜩翁草」が開板不許可、草場珮川著「珮川詩鈔」が手直しを命じられた一件(第二一一件)や、大坂の柳園種春著「日夜必用群玉大雑書万宝選」が天文方の意見により訂正のうえ再提出を命じられた一件(第二一八件)などがあるが、とりわけ大きな事件や問題は起こっていない。
 なお、嘉永四年には株仲間が再興され、同年十一月に書物問屋の名称も復活した。これに伴い、「書物屋」は「書物問屋」と記されるようになるが、開板・販売手続きに特に変化はなかったようである。
(例言一頁、目次一八頁、本文三〇八頁)
担当者 藤田覚・佐藤孝之


『東京大学史料編纂所報』第27号p.75