東京大学史料編纂所

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所報―刊行物紹介

大日本史料 第七編之二十四

本冊には、応永二十二年雑載(承前)と応永二十三年正月〜七月に関する史料を収録した。
応永二十二年雑載は、その後半部分で、荘園・所領、年貢・諸役、契約、譲与・処分、寄進、売買、貸借、紛失、訴訟、雑の項から成る。雑載については、近年、編纂における網羅主義、現地・所蔵者における史料の発掘・紹介などにより、収録史料が倍増する傾向にある。本冊では東寺百合文書(京都府立総合資料館)で影写本にないものをはじめ、荘園・所領項の野坂文書(広島県史)・荒武文書(宮崎県総合博物館)、年貢・諸役項の九条家文書(宮内庁書陵部)、譲与・処分項の藤田文書(兵庫県史)・蓮徳寺文書(岐阜県史)、寄進項の雲松寺文書(姫路市史)・明通寺寄進札(小浜市史)など収録できた。
 応永二十三年分では、本年から『看聞日記』が始まることを特記できる。これにより、伏見宮家の動向、とりわけ栄仁親王による諸秘曲の伝授に関する史料がみられる。また近年、書陵部において伏見宮家所伝楽書が整理され、書名の確定がなされた。本冊においても、『大通院殿御伝授状』など、これによる書名を用いた(従来は、一括して『伏見宮旧蔵楽書』としていた)。
 正月十三日条「島津久豊、同久世ヲ薩摩鹿児島千手堂坊ニ囲ミテ、川辺城ヲ強要ス、是日、久世之ヲ拒ミテ自刃ス」は、南九州守護家島津氏の内部で長年続いた奥州家・総州家の抗争において、総州家衰退の画期となった事件であるが、従来、『前編旧記雑録』に拠っていたものを、本冊ではその原典に遡ることに努め、『旧記雑録』なる書名は全く用いずに済んだ。これまで書名として出なかった『応永記』・『新編島津氏世録正統系図』は、原典として特に重要である。この点、今後も留意していきたい。
 三月十四日条「石清水八幡宮臨時祭延引、尋デ之ヲ行フ」では、『広橋家史料』(広橋真光氏所蔵)をかなり活用でき、同祭の執行の様相を構造的に知り得る。本史料について、その後に報告を受け、本冊に本文を収録できなかったものとして、
○旧十三函二六三号 応永廿三年四月 石清水臨時祭調進物并用途注進
○旧十三函四〇四号・四〇五号 応永廿三年四月 石清水臨時祭御座以下掃部寮役注進がある。いずれも、本冊三〇二頁に挿入されるべきものといえる。
 七月、後小松上皇御所の火災(一日条)、それに伴なう造営に関する記事(十三日条〜)も、重要な事項といえよう。
(目次一三頁、本文四二一頁)
担当者 新田英治・山口隼正・榎原雅治


『東京大学史料編纂所報』第19号p.51