東京大学史料編纂所

HOME > 編纂・研究・公開 > 所報 > 『東京大学史料編纂所報』第15号(1980年)

伊勢市神宮文庫所蔵史料調査

 一九七九年十二月五日から八日の四日間、及び一九八〇年三月三日から七日の五日間の二回にわけ、これ以前七七年十一月、七九三月の二度にわたっておこなわれてきた同文庫所蔵三条家史料の調査・写真撮影の作業を継続しておこなった。今回二回にわたって写真撮影したものを、以下目録として掲げる。
  (整理番号)  (書  名)
  三六函一六号  安政四年詰所日記
  三六函一七号  安政五年詰所日記
  三七函六号   文久三年議奏帳
  五門五三〇の内 日記 安政四・五年
  一門 六二五  神官権任人数記録
  〃〃 六六六  寛文年中両宮弥宜へ自関東の下知条目之写
  〃〃一一七五  気比神社に関し社務の宮青蓮院一品親王之庁に請ふ書
  〃〃一六一二  被仰于関東其沙汰有之間其旨可有存知事
  〃〃一九四一  享保吉田執奏一件自両伝奏承来の書
  〃〃一九五二  諸社家官位執奏之儀
  〃〃四七〇二  神宮伝奏之間可心得事
  〃〃四九九七  御祈之事勧進
  〃〃四九九八  内宮外宮奉納金銀落手文書
  二門三九三〇  東京耶蘇教事件事情探索第一三号明治八年十月
  五門  二三  郡村支配換に就いての歎願書(三浦鎌倉高麗三郡) 明治元年十月六日
  〃〃  三八  明治維新政治に関し建白書(押小路実潔) 明治二年四月二十五日
  〃〃  六八  建白書(神主三島) 明治四年九月
  〃〃  八四  金銀取引の件につき願書(三井組十人組惣名代浅田新次郎) 慶応四年正月
  〃〃 一三八  幕罪略(下野国草莽) 文久稿
  〃〃 三四一  つき米屋渡世願上文書
  〃〃 三四八  政治方針建白書 辰九月九日
  〃〃 四九一  贋悪金并紙幣一条につき建白書
  〃〃 四九五  神奈川十里四方支配に関し歎願書 慶応四年九月
  〃〃 四九九  武州荏原郡百姓歎願書 慶応四年八月
  〃〃 五〇一  町人共歎願書 市政裁判所宛
  〃〃 五〇五  裁判所宛願書 慶応四年八月
  〃〃 五〇七  運上金の儀に付願上口上 辰八月
  〃〃 五〇八  同右          辰九月
  〃〃 五一一  農民難渋に関し願上(下総松戸) 慶応四年八月二十三日
  〃〃 五一二  百姓難渋米穀取扱に関し歎願書
  〃〃 五二七  目安箱へ差出願書
  〃〃 五五八  呈奉四国近情(偵員福井英晴)
  〃〃 五七八  長肥薩三藩協力に関する記録
  〃〃 五八五  陰謀罪悪人取調文書 文久二年閏八月
  〃〃 六〇三  明治初年国情関係記録輯
  〃〃 八六四  南海道九州筋探索記
  〃〃 八六七  東京府下の事情探索記録 明治四年九月十五日
  〃〃 八六八  阪地の事情申上候書取 明治四年十一月
  〃〃 八七四  金局事情(隠密廻)
  〃〃 八七五  金銀両局事情(西尾遠江介)
  〃〃 八八二  東京府貫族士族卒方今の挙動探索書
  〃〃 八八四  下国季紹より承候雑話の大略記録
  〃〃 八八五  建白 明治六年五月
  五門 八八六  行幸に就いての沿道筋状況(諜者太田孝敬)明治六年四月
  〃〃 八八七  熊本人鎌田等五名出京言動(荘村省三) 明治六年四月
  〃〃 八八九  キリシタン禁制及解除等に関する記事 明治六年二月
  〃〃 八九一  山陰山陽探索記(和田肇)
  〃〃 八九二  阪府大蔵省土木司事務局通商局奸吏之銘々行状探索記録 明治三年九月
  〃〃 八九三  北陸道筋探索(戸田恭太郎)
  〃〃 八九四  白川県情探索(荘村省三) 明治六年四月
  〃〃 八九六  山田剛造事山田信平捜索案書(北山安民)
  〃〃 八九七  海軍省中事情探偵書(林道庸) 明治六年九月
  〃〃 九〇〇  下野常陸水戸辺磐城岩代迄諸探索書上(浅田政治郎)
  〃〃 九〇二  密員某派出中日誌の抜萃 明治六年四月
  〃〃 九〇三  搜索中日記
  〃〃 九〇五  山陰各国按察日記(福井豊之助) 明治二年
  〃〃 九〇六  高知県下の形勢探索書(島田助七)
  〃〃 九〇七  元会津人属集合談合の件に付探索記録(荘村省三)
  〃〃 九〇八  富国強兵の道建言(相良�斎) 明治四年八月
  〃〃 九〇九  元大蔵大輔井上馨在職中南部藩下鹿角郡ノ鉱山取扱ニ関シ私曲アリタリノ風聞ニツキ探索書(島田助七)
  〃〃 九二一  所謂頑民と称せられる者赤子と等しき者なること実情申告
  〃〃 九二二  故参議公を襲ひし賊搜索の件他一件につき申告
  〃〃 九二五  救民一助申告
  〃〃 九二六  高知県下の形勢に付探索書
  〃〃 九三三  慶喜公水府出足の事
  〃〃 九三七  富国強兵に就ての献策(神主三島) 慶応四年閏四月
  〃〃 九四一  風聞探索雑書纂輯(島田助七) 明治五・六年
  〃〃 九四三  大阪府築港の件云々
  〃〃 九四五  広沢参議公の賊跡探索
  〃〃 九七一  探索事務に関する伺状(福井英晴・藤井八十衛) 明治六年十二月
  五門 九七八  四国往還旅費精算書
  〃〃 九七九  中国地方情況探索旅費差引勘定書(藤井八十衛) 明治六年三月
  〃〃 九八五  東京興復の事に関しての口上書
  〃〃 九八九  奉伺至大至重事務之端�(福井英晴) 明治五年八月
  〃〃一〇二〇  名東県官党派の別あるとの風聞
  〃〃一〇二五  物価騰貴一般市民窮乏に付御援助方奉願書 明治元年九月
          二十八日
  〃〃一〇三四  旅中民情索書
  〃〃一〇五四  政府一源ノ布達県ノ治教一ナランコトヲ上聞ス 明治五年
  〃〃一〇六一  道を盛にし往々教を一にせしむるの論(新田邦光) 明治六年三月
  〃〃一〇六六  御政体十五事(葵川千古) 明治四年三月
  〃〃一〇七八  封建郡県の儀に付建白(松平主殿頭内) 明治二年六月
  〃〃一〇八八  時事に鑑て富国強兵の道建白 明治四年十一月一日
  〃〃一〇九四  山口県下萩より信報の抜萃
  〃〃一〇九五  高知県下の民情言上書 明治十年八月
  〃〃一一四二  方今天下の情勢より見たる国体論総括略目 明治二年三月
  〃〃一一四三  乍恐奉申上候受上書(奈良府外探索書)
  〃〃一一四四  民情探索記録 巳六月
  〃〃一一四六  民情探索記録 巳六月一日
  〃〃一一四九  市中風説言上書 明治三年十月
  〃〃一一五〇  浪花の事件 明治二年六月
  〃〃一一五五  国事に関し西園寺実万より岩倉公へ差出したる書面写 明治七年三月
  〃〃一一六三  窮民御助成願 市政裁判所宛
  〃〃一一六六  王政復古に際し田租更正愚案
  〃〃一一八三  方今の形勢よりして教法の先務たることの建言
  〃〃一一八五  大阪府表門張紙写 明治三年二月七日
  〃〃一二一五  王政一新について下情貫徹云々 慶応四年八月
  五門一二二四  国家財政の事につき献言 明治元年十一月
  〃〃一二四八  東京市中探索書 明治四年十月
  〃〃一四〇七  幕末維新征東関係記録
  〃〃一五一五  敬神家熊本藩林藤次の事につき口上(青木彦兵衛) 明治三年四月
  〃〃一五一六  対外策より富国策を論じ建言(永沼重敏)
  〃〃一五一八  欽上憂国建言(介石) 明治五年二月
  〃〃一五二二  王政一新に際し緊急事五ケ条建言
  〃〃一五二八  富国強兵の事特に兵制についての建言 明治三年十月
  〃〃一六三七  王政復古世情に対処盟約書
  〃〃一七三一  王政復古成り政事向心得申すべき事の条々 慶応四年正月
  〃〃二六三四  日々御用筋御国事覚帳 慶応四年
  〃〃二六五一  三丹各藩合議建白写
  〃〃二六五二  建白探索
  〃〃二六六四  日記 明治四年
  〃〃二六六七  建白 明治三年七月
  〃〃三〇二八  正月十二日公用備忘(前権中納言実美)
  〃〃三五四二  北条県ノ模様探索報告書
  〃〃三五五三  酒田県書類
  〃〃三七九八  東京府市政の事に関し献言 明治元年九月
  〃〃三八〇八  口上覚水戸海道筋風聞
  〃〃三八〇九  口上書日光海道中筋風聞
  〃〃三八一五  維新政に際し急務奉願書
  〃〃三八二〇  維新に際し建白書
                          (以上七九年十二月撮影分)
  五門三八四二  土浦内探索書
  〃〃三八九六  維新に際し左の項目に付献言 慶応四年二月
  〃〃三八九九  市ヶ谷囚獄探索書
  〃〃三九〇〇  薩州日当山温泉より云々の書写
  〃〃三九一二  郷学校を興す必要につき懇願書 慶応四年九月
  五門三九二七  領主より政事無御座に付云々
  〃〃三九七六  諸探索書綴 明治六年三月〜四月
  〃〃三九八九  越後出羽探索書
  〃〃三九九九  献言(林藤次) 明治三年四月
  〃〃四〇四三  不始末の官軍有之に付出訴
  〃〃四〇四六  府下諸隊別而竜虎隊の内云々
  〃〃四〇六〇  貧民共以前百倍の大患出来し訳を申訴願書
  〃〃四〇六一  諸色高値の為難渋に付歎願書 慶応四年八月
  〃〃四〇七六  物価騰貴に付困窮救助の案 慶応四年九月
  〃〃四〇七七  近来米価騰貴一般難渋 慶応四年八月
  〃〃四五二九  建白書
  〃〃四五三〇  建白書 辰十月
  〃〃四九四二  但馬国城崎辺探索書 午十二月十七日
  〃〃四九四三  探索書 壬申十一月
  〃〃四九四六  東山道筋探索記
  〃〃四九四九  町法及諸般之方法云々 辛未十一月二十八日
  〃〃四九五九  建白書十一通
  〃〃五〇九七  建白書 明治六年七月
  〃〃五一〇五  西京軍務官判事河田佐久間建白書
  〃〃五一〇八  町人難渋の儀につき諸件奉願書 慶応四年九月
  〃〃五四〇八  地方制度及民政ノ大体ヲ論ジテ建白
  〃〃五六七二  薩摩事情探聞書
  〃〃五六七三  藤井八十衛〓来書の写
  〃〃六一三六  市中の儀に付愚考申上書 明治元年九月
  〃〃五七四六  如蘭塾の様子探索書
  〃〃五七四一  明治四・五年探索書
  〃〃五七二二  偵員月給受取書 壬申正月
  〃〃五七一二  慶応四年巡察中日記
  〃〃五七〇八  山口県大探偵書 明治六年六月
  〃〃五六七六  駿遠両国探索書
  五門五六七九  畿内中国の振合探索書
  〃〃五六八五  治国につき方形勢の概略
  〃〃五六九〇  新潟市中情況探索書 明治六年七月
  〃〃五六九四  大阪表よりの事情申越書
  〃〃五六九五  北国筋見聞探索書
  〃〃五七〇〇  密員某見込書の与
  〃〃  一〇  條約改正是非論(渡辺登) 明治二十二年九月二十三日(旧暦)
  〃〃  一三  朝政御一新ニ付建白書(中瑞雲斉) 明治二年二月
  〃〃  一四  東京に遷都の儀に付建白書(申瑞雲斉) 明治二年二月
  〃〃  二一  條約改正ニ関シ建白書(石川県士族遠藤秀景等) 明治二十一年十一月十四日
  〃〃  二二  内密探索書 明治十一年一月
  〃〃  二四  金銀銭鋳造方に関する献言書(岩井帯刀) 慶応四年七月
  〃〃  二五  謹而奉願口上覚 慶応四年七月
  〃〃  二六  建議 明治十六年一月十五日
  〃〃  二七  西南役に関する建言書(大石凝真素美) 明治十年六月三日
  〃〃  二八  西南役に関する建言書 明治十年六月一日
  〃〃  二九  歎願書(公立小学校教員中島真九郎) 明治十三年十二月
  〃〃  三〇  田地政策に関する歎願書(伊藤正澄)
  〃〃  三二  西南役に関しての華族官員中への申状 明治十年九月
  〃〃  三七  人民現下の実状を説き農民救助の急務につき献言書 明治十六年五月三日
  〃〃  四〇  国会開設の急務につきての陳上書(加瀬良忠・吉村文貞) 明治十三年十月
  〃〃  四九  民情憫恤政治改革建白書(太田次切) 明治十七年
  〃〃  五〇  「国会開設万機公論に決すへし」についての陳述書(遠藤直善) 明治十四年一月
  十一門 四五  革命原論
  五門  五六  福島県令三島通庸更迭の巷説に関し申状(大河原源五郎) 明治十七年十二月十二日
  〃〃  五九  巡察使設置の件につき上申(玉井信厚) 明治十四年十一月二十六日
  〃〃  六一  黒田参議兼開拓長官独裁処置の風聞に関し具申(柴原実助) 明治十四年九月
  〃〃  六三  條約改正の明文を正さんことの献言(荘司重應)
  〃〃  六四  国家多事に際し心懐歌奉納の書(林弥) 明治十四年十二月
  〃〃  六六  時政に関し献言(伴野幸吉) 明治十二年五月十四日
  〃〃  七八  富国安民の法につき建白伺書(池谷安蔵) 明治十七年三月
  〃〃  八七  維新執政献策(藤原俊貞) 明治二年
  〃〃 一三七  幕末雑記録 文久三年二月より
  〃〃 三四四  悪人に対し訴願状 慶応四年七月
  〃〃 三四五  東京へ行幸の御儀につき御取止方歎願書 明治二年二月十一日
  〃〃 五〇四  救助の沙汰願書(佐兵衛) 慶応四年九月
  〃〃 五二二  諸物運上の取立厳敷貧民共難渋の事に関し口上書 慶応四年八月
  〃〃 五八八  時事雑纂
  〃〃 五九一  幕末事情諸記録、
  〃〃 五九四  国事三省録
  〃〃 七二六  時事に感じ上陳の書(福井英晴) 明治二十二年十月十三日
  〃〃 七三五  方今大勢ノ趨ク所ヲ察シ現内閣ヲ廃シ更ニ政府ヲ組織センコトノ献言
  〃〃 七五一  対外関係急務事項陳述書(黒田清隆) 明治十七年十二月
  〃〃 八五〇  贋金売員の奸商の件に関し巡察属としての届書(田口内記)
  〃〃 八五九  富国強兵庶民安楽ニツイテノ案建白書(牧延年) 明治十一年五月十日
  五門 八六六  奥羽監察使藤川能登金策事件調書(弾正台) 明治三年十月十日
  〃〃 八七二  名東県よりの信報書写 明治八年三月
  〃〃 八八二  東京府貫属士族卒方方今の挙動探索書(匝瑳六郎) 辛未九月二十五日
  〃〃 八八三  熊本県士族平山彦三郎東京ニ滯在中鎌田平十郎外一名と論判の大略記録(荘村省三)
  〃〃 九一三  富国強兵の道につき献言(佐久間清信) 明治五年十一月二十八日
  〃〃 九三四  神祇官ヲ興サンコトヲ請フノ書(丸山作楽)
  〃〃 九三五  輔弼聖明之儀献作(福島志伊)
  〃〃 九八〇  農地小作規則を設けられん事の請願書(山田八百蔵) 明治十六年一月五日
  〃〃 九八二  條約改正ニ関シ申上口上書(小西豊之助) 明治二十二年十月二十三日
  〃〃 九八三  岡山県下状況探索書 明治十六年十二月三日
  〃〃一〇一七  広島事件処置懇願書
  〃〃一〇一九  佐賀県動揺ニ付探索記録(兵部正懿) 明治七年二月十四日
  〃〃一〇三七  国政陵遅綱紀弛廃を論じ三条太政大臣の蹶起を望む(春名修徳)
  〃〃一〇四二  時務策言上(小林篤他) 明治十三年
  〃〃一〇四四  田制建白書(武蔵・若狭弥兵衛等) 明治八年八月
  〃〃一〇四五  方今の態勢を管見し廟謨を興起せんことの進言(宮崎簡亮・正院宛)
  〃〃一〇四六  治国の要務につき廟堂え建白するの書(松浦新吉郎)
  〃〃一〇六三  賊心ヲ起ス者ニ対スル救策建言
  〃〃一〇七五  富国強兵ニ関シ封事十則建言(折田年秀) 明治七年四月二十七日
  五門一〇八〇  時務八事献言書
  〃〃一〇八九  外国交際・善隣交誼について建言
  〃〃一〇九八  熊本の暴挙・山口の暴挙に鑑み士族の現状を詳にするの必要を説き備照覧 明治九年十一月
  〃〃一一〇一  福岡県下よりの信報抜萃 明治十年一月
  〃〃一一〇六  民情探索に関シ伺上文書 明治十年九月
  〃〃一一〇七  政治は常に下情を審にせざるべからざる論建言 明治十年九月
  〃〃一一〇九  方今激徒の情頗る迫方に暴挙を為すの勢ありとの風聞につき言上書 明治八年十月
  〃〃一一一一  方今京摂の激情 明治八月十二月
  〃〃一一一二  武人の征韓主張に乗じ激徒等の悪謀に就いての概状備照覧 明治八年十月
  〃〃一一一三  政治には先づ民情を審にすることの必要を建白 明治九年三月
  〃〃一一一四  臨機応変を要する探偵の任務には下賜手当増額の必要なることの進言(福井英晴・藤井八十衛) 明治九年四月
  〃〃一一一五  王政一新に際しての急務を説き進言(葛原喜成) 明治五年八月
  〃〃五三三日  清談判に付建議 明治十八年一月九日
  〃〃一一一八  佐賀県貫族憂国社征韓論につきての調査書
  〃〃一一二四  薩長両県人も諸官省官吏に採用せられたき懇願書 明治十七年三月
  〃〃一一二六  国会之名実を揚ぐるため断然定志極力翼賛を希望する所以(松浦果) 明治十三年十一月十二日
  〃〃一一六八  国会開設に関しての建言(手塚新) 明治十三年四月三十日
  〃〃一一七〇  国会開設に関しての建言(八木重治) 明治十三年十一月十九日
  〃〃一一八二  国家興隆の為神祇官を諸官の上に置き教義学問一切の事務を管轄せしむることの献言(八幡剣彦)
  五門一二〇四  奥羽の形成探索書
  〃〃一二一六  奉建白四大事之事
  〃〃一二四三  王政復古御政事に関し建白(稲田龍之助) 明治二年五月
  〃〃一四九〇  国政・国策についての建白書(畑伊右衛門) 明治六年五月二十六日
  〃〃一四九四  皇家富強の安策に就いての建言(鷲野一翁) 明治六年一月
  〃〃一四九五  国防につきて海軍増強の必要を論じ徒食華族の処置につきて建白(横田弃) 明治六年九月
  〃〃一四九七  対外策についての建白(長尾義連) 明治七年四月
  〃〃一五〇九  酒田県若松県民情頑固にして旧主の小恵を欽慕し王政を非難するについて之が対策献言 明治二年十二月
  〃〃一五一三  対外関係論策言上(坂田莠) 明治二年七月
  〃〃一五一四  教務に関して建白(戸田玄成・折田年秀) 明治八年四月十八日
  〃〃一五二九  頃日□教ノ民ニ入ル熾ニシテ国家の禍大ナルコトニ就イテノ建白 明治四年九月
  〃〃一五三一  鎮西の情勢に関し建白(藤野近昌) 明治七年二月
  〃〃一八二一  耶蘇教公許の風聞に関し上言書(柳沢保申) 明治十七年九月九日
  〃〃一八五七  耶蘇教公許の風聞に関し建白書(井上清他) 明治十七年九月二日
  〃〃一八五八  耶蘇教公許の風聞に関し建白書(饗庚昌延) 明治十七年九月二日
  〃〃一八六一  神祇官再興ノ議(松岡利純他) 明治十七年十月六日
  〃〃一八六二  国家の急務たる(四件)等につきての建白書(林弥) 明治十七年九月二十一日
  〃〃一八六三  天下の士族ノ窮乏救済策ヲ文ツルコトノ必要等にツキ建白(太田次切) 明治十七年十月九日
  五門二〇八九  王政維新の秋国家大政の儀に関し言上書(外松謙輔) 慶応四年八月
  〃〃二〇九〇  維新に際し青森県治につき献言(吉村愛敬) 明治七年十月五日
  〃〃二〇九一  明治維新に際し市政裁判所のことにつき献言
  〃〃二三二〇  維新に際し上(高橋慶太郎)
  〃〃二四二〇  富田強兵につき(東六郎・平久胤 )明治四年三月
  〃〃二六三六  江戸来状抜萃
  〃〃二六六一  近隣農民と夜咄一條
  〃〃二七七四  地方ノ制度ヲ釐正シ内重外軽ノ弊ヲ救匡シ兆民休養ノ道ヲ翼賛センコトノ建議(中島信行・奥陸宗光) 明治十年一月十一日
  〃〃二九六八  我国立憲体設立ノ主旨及政府人民ノ注意スべキ要件ヲ論ズ(千家尊福) 明治二十一年二月
  〃〃三〇九一  上奏—万事中庸ヲ以治国ノ事ニ当ル必要につき(小山大茂) 明治十年八月
  〃〃三〇九四  本県長官閣下ヲシテ永ク福島県令タランコトノ請願(大河原源五郎) 明治十七年九月三十日
  〃〃三一〇六  探索書(岩崎弥太郎他)
  〃〃三五四〇  北越事情ニ関シ進言
  〃〃三五四一  組合領中悪徒暴行者探索召捕方勤務に付歎願書(宇田川六郎兵衛 )慶応四年八月
  〃〃三五四四  主上告諭書
  〃〃三五四九  大阪表〓の諸事件廉々書抜申上書(匝瑳胤常)
  〃〃三七六〇  悪人にて謀反を巧み人数をなす者に関し召捕所罰歎願書 慶応四年七月
  〃〃三七六一  囚獄人其外遠島御咎御願の者共御果断之義見込之次第奉願上候書付(内田治部介)
  〃〃三七八六  融通貸付金の儀に関し町人共歎願書
  〃〃三七九一  御奉行の儀歎願書(天父�之助)
  五門三八〇二  幕末維新奥羽平定に関し肥前秘策等についての文書
  〃〃三八〇三  奥羽平略普天至治の基本確立に関する献言文書(柳原前光)
  〃〃三八〇五  徳川家臣受領地処置之儀ニ付献策 慶応四年八月
  〃〃三八一七  小原仁兵衛・土肥謙蔵・土倉修理不行之儀ニ付不被仰付旨の申入書
  〃〃三八一九  覚(風聞届書)(岡村雅楽・鈴木一郎)
  〃〃三八二八  薩藩鮫島誠蔵・森金之亟よりの建言書
  〃〃三八二九  甲州鎮撫等の儀に関する冀望書信(柳原前光)
  〃〃三八四一  内願書(今枝村百姓) 慶応四年九月
  〃〃三八四四  微忠之寸志奉願書付(内田高行)
  〃〃三八四六  米価其他物価騰貴庶民難渋につき其の下落の政策をとられたき事の歎願書
  〃〃三八四七  甲斐国花崎邑井上武右衛門等一味一揆ヲ企テ居ルトノ風聞ニ付建白書
  〃〃三八四九  市中浅草辺に於て金策強談又は押込強盗の類ありて格別に騒ケ敷市民難渋につき歎願書
  〃〃三八五三  市内幸橋御門外原明地居住商人渡世の事につき歎願書 慶応四年八月二十一日
  〃〃三八五六  関八州郡数集金高申上書并に運上々納等に関する願上書
  〃〃三八九七  人馬賃銭の件に関し願口上書
  〃〃三八九八  内密願書
  〃〃三九〇三  近時激徒等国事ヲ誹議シ党与ヲ募リ動モスレバ暴挙ヲナサント欲スルノ徒アルニ就イテ既情記録
  〃〃三九〇五  口代覚(本官被免理由及教導職への任用について)
  〃〃三九〇七  福岡藩楮幣僞造の件に関し建白(元田直)
  〃〃三九〇八  民の産業乏しき為民苦患大の事に関し奉上書(村田忠兵衛) 明治三年十一月
  〃〃三九〇九  人材選挙ノ儀(永阪潜・高見沢茂) 明治五年三月
  〃〃三九四四  上聞之書“天下之書”取上奉願書(村田庄兵衛) 明治三年十一月  五門三九四五  修学に付歎願書(秋山則久) 明治七年四月九日
  〃〃三九四七  武蔵国秩父郡荒川西村之御料所願書 慶応四年五月
  〃〃三九五〇  崎陽近聞
  〃〃三九五三  王政復古外国に対し国威を主張すべき折柄内地動乱干戈を動し万一戎夷其虚に乗じ重大難件企図あらんも難計につき献言(平国俊) 慶応四年九月
  〃〃三九五四  歎願書(一天下輪軸の如くに和親の必要を説き……)(仲基) 慶応四年八月
  〃〃三九八四  新政に際し大参事以下人撰之事外国交際の儀等進言(平沢毅) 明治二年八月一日
  〃〃三九八七  治天下之道は除弊立事にある事につき建言(樋口真彦・中原光訓) 明治五年八月
  〃〃三九九〇  民百姓を可救道(他二条)献言(南善之進)
  〃〃三九九一  富国治民の仁政税斂を薄うすることについての献言
  〃〃三九九二  諸物価下落方を計り万民難渋を救助せられんことの献言(村田庄兵衛) 明治三年十二月
  〃〃三九九三  御一新に際し賤商密々建白書
  〃〃四〇〇〇  待詔局回評三言(対外関係等の事)
  〃〃四〇〇三  時事探索書(荘村省三) 明治七年三月二十八日
  〃〃四〇四五  王政復古に際し建白(二条) 慶応四年八月
  〃〃四〇五二  御一新につき御政事の良法に就いての建白書
  〃〃四〇六四  諸色高値の為難渋に付歎願書 慶応四年八月
  〃〃四〇六五  外国人渡来以来日本追々崩形になり奥羽両国へ軍務差向物価高値にて世の中鎮まらざる事について献言 慶応四年八月
  〃〃四〇六七  運上御用金取立等にて町人共難渋に付歎願書
  〃〃四〇六九  家主節句銭地代銭増額名主礼物等にて市中居の者難渋につき歎願書  〃〃四〇七二  市中無宿の者共救助方願書 慶応四年八月十三日
  〃〃四〇七八  朝政復古諸法規則改革の折柄当今急務の応利[ ]之奇策建白(中岡普徳) 慶応四年九月
  五門四〇七九  御国益御為筋之事に関し是迄市中に建置候自身番屋の事並関東川筋稲荷問屋共不届の所業につき進言(幸七) 慶応四年九月
  〃〃四一二二  異教の儀に関し建白書
  〃〃四五三一  建白書 戊辰徳川氏封地ノ事(神戸木工)
  〃〃四七三五  賞罰渉點ノ儀其他ニ就イテノ建言台湾人ニ暴殺セラレタル琉球人民ノ義ニツキ処置ノ事
  〃〃四九四〇  監察書(奈良府判事伊勢新左衛門他二名の所為について)
  〃〃四九四四  内密供参観書 明治九年七月十六日
  〃〃四九四五  高知県士族坂崎文武に関する取調書
  〃〃四九五〇  建議書(長坂)
  〃〃四九五一  懇願書(坂倉勝達他二名)辛未十一月
  〃〃四九五二  支那事変に関し上下驕怠ノ生ゼン事ヲ恐レ申請(黒田清隆) 明治七年十一月十日
  〃〃四九五六  (西川須賀雄)右人物ニ関スル内偵書
  〃〃五一〇一  山口県士族揚井謙織他同志建言(三条)
  〃〃五一〇六  作州福渡郷士服部清之進建白書 明治二年五月十六日
  〃〃五一〇七  相州小田原岡本大郎隆徳建白書
  〃〃五一一〇  慎 建白書(兵制)
  〃〃五一四六  鹿児島県下私学堂の件につき探偵書 明治九年一月二十七日
  〃〃五一四七  民議ニツイテノ請願書(中村俊次郎) 明治八年七月二日
  〃〃五一四八  小菅廉建白書
  〃〃五一五〇  (大屋祐義)右ニ付イテノ探偵書 明治八年二月
  〃〃五一五二  伺済ミ四百名ノ巡査ヲ募リ云々(三島山形県令)
  〃〃五一五五  朝鮮へ差遣セラルゝニ就イテノ内諭書ニ関シ意見ノ次第奉伺書(黒田清隆) 明治八年十二月
  〃〃五一五九  朝鮮国トノ交際談判ニ関スル経緯
  〃〃五一六一  茨木県下暴動ノ儀上申副申書
  五門五一六七  朝鮮事件ニ付非常費トシテ金員御渡相成度儀ニ付追伺(山県有朋・鳥尾小弥太) 明治九年一月二十八日
  〃〃五一八八  仙台鎮台ヨリ電報写
  〃〃五二〇〇  山形県出張警視局警部佐藤志郎〓大警視宛電報
  〃〃五二一二  探偵費見積奉伺文書(藤井八十衛・三牧盛太) 明治九年十一月十三日
  〃〃五二一四  三重県下暴動ニ付巡査二百人至急同県及愛知県へ出張可為致旨警視庁へ相達候此段御届申上候也(大久保利通) 明治九年十二月二十二日
  〃〃五二一五  今般朝鮮国へ被差遣候ニ付陸軍武官遣行之儀云々(黒田清隆) 明治八年十二月二十日
  〃〃五二二〇  士族の資産保全之為設立の儀に関する文書
  〃〃五二二二  (水野誠澄)右ニ関スル探偵書(藤井八十衛)
  〃〃五二二四  搜索掛藤井八十衛ニ関スル奉願書 明治七年四月
  〃〃五二三〇  警察ハ国家治安ヲ保持スルノ要務其事千諸万端ト雖国事警察ヲ以最緊要ナル件………
  〃〃五二三一  着鮮公館内外ノ状況報告(広沢弘信) 明治八年二月十七日
  〃〃五二三五  同族負債許多ニ鑑ミ難ニ赴キ急ヲ救ヒ保護扶持互相永遠ノ存立ヲ謀ル事ニ就イテ(岩倉具視) 明治十年七月十五日
  〃〃五二三六  西郷隆盛より同県士族篠原某宛本月十一日書簡文意報告 明治八年十一月
  〃〃五二三七  島津家々扶山本孫九郎有村国彦等太政大臣へ拝調ヲ相願候次第ニ関シ右等ノ行跡探索上申書
  〃〃五二三九  鹿児島県士族内田政風・海江(田)信義等ノ挙動探偵陳述書
  〃〃五二五〇  天下ノ為ニ西郷ノ旧参議ヲ復センコトヲ論シ事ヲ処理スルニ果断ノ必要ヲ進言(米村道次郎) 明治八年七月
  〃〃五二五一  酒田県参事松平親懐・権参事菅実秀等各私利ヲ営ミ専ラ威力ヲ以テ人民ヲ抑制スル行為ニ就イテ申言(森藤右衛門) 明治八年一月十七日
  五門五二五二  三嶋県令へ申言ノコトニ就イテノ建白書(森藤右衛門) 明治八年一月十七日
  〃〃五二五三  名東県ヨリ信報ノ抜萃ト写 明治七年四月・同八年三月
  〃〃五二五四  鹿児島県士族ノ言動ニ関スル風聞ニ就キ申上書 明治八年六月二十一日
  〃〃五二六一  近来激論ノ者往々嫌疑ヲ蒙リ或ハ捕縛等ニ相成ル故右同志者間ニテモ用心ノミ致シ屏息ノ模様ナリ其他探偵書
  〃〃五二六五  酒田県状についての建白(本多允釐) 明治七年四月
  〃〃五二六八  時勢適切の策採用の件建言(井口忠成)
  〃〃五二九四  三重県下人民暴動鎮撫一件書類綴 明治九年十二月
  〃〃五二九五  石川県ヨリ内申書進達 明治十年二月二十四日
  〃〃五三〇六  九州筋事情取調ノ為派遣ノ者小倉ヨリノ報知通達書
  〃〃五三一二  教部改正之儀
  〃〃五三一五  地方官某建言之義ニ付内務・大蔵・司法三卿へ御掛合書案(三条実美)
  〃〃五三一八  新潟県事情信報ノ写 明治九年十二月
  〃〃五三一九  宮城県事情信報之写 明治九年十二月
  〃〃五三三〇  第五大区へ呼出相成問答有之候手続書(福井英晴) 明治七年八月
  〃〃五三四〇  今般本館(修史館)定款改正ニ付人員整理伺文書 明治十二年六月二十八日
  〃〃五三五一  対抗運動概略
  〃〃五三五八  酒田県下鶴ヶ岡小楯知方建言 明治八年六月九日
  〃〃五三八一  鹿児島暴挙についての建言 明治十年三月
  〃〃五三八二  熊本暴徒ノ原因等ニツキ探偵書(岩間熊雄) 明治九年十二月
  〃〃五三八三  熊本開戦以来ノ状況ニツキ見聞上申書
  〃〃五三八六  立志社ヲ組ミ盛ンニ民会ヲ興サントテ四方ノ同志ヲ糾合スル一種ノ檄文ヲ草スル者アルニ付申上書
  〃〃五三八八  熊本県士族変動萠アリソノ原由其他ニ就イテノ申上書(三浦内雄)明治九年十一月二十九日
  五門五三八九  鹿児島事件其他ニ関スル申上書(伊東正澄) 明治十年九月十九日
  〃〃五三九一  建白—天下憂患ニツキ—(楠本後寛) 明治七年一月二十九日
  〃〃五三九二  時事ヲ目撃シテ憂国ノ余リ建白(二見正則)
  〃〃五三九三  礼法之事(他五事)(吉川楽平) 明治七年十月
  〃〃五三九九  時勢人情ヲ洞察シ務テ公議与論ヲ採択スルノ必要ナルコトノ申言(津田且相) 明治十年六月十二日
  〃〃五四〇〇  建白書(朝令暮改ノ弊ニツキ建白)(澄田定与) 明治七年十月二十七日
  〃〃五四〇二  人情人意明察ノ肝要ヲ説キ建白
  〃〃五四〇四  時勢ノ弊ニ関シ建白(小菅廉) 明治七年二月六日
  〃〃五四〇九  佐賀県士族征韓ノ議ヲ唱へ暴動スル者アリ之ガ対処策建白
  〃〃五四一〇  地租減額費用節省ノ聖旨ヲ実行スルニ付其方法建白(久保田譲) 明治十年一月六日
  〃〃五四一一  政体・文明開化・兵制・刑律・府県会計の件ニツキ建白
(崎村常雄) 明治六年九月
  〃〃五四一四  探索報告書—長崎佐賀等ノ事情—(荘村省三) 明治八年
七月
  〃〃五四一五  宮城県ヨリノ信報写 明治九年十一年
  〃〃五四一六  福岡県ヨリノ信報抜萃 明治七年二月
  〃〃五四一七  偵員之儀ニ付伺(渡辺清・垂井重明) 明治九年四月
  〃〃五六八三  酒田県管下常念寺役僧霊山ヨリ県地ノ形情ヲ聞ク
  〃〃五六八四  搜索臨時入費下賜金受領書(福井英晴) 明治七年一月十八日
  〃〃五六九一  市中状況三ヶ条申上書 明治九年十月九日
  〃〃五六九七  九州鎮台薩州分営屯兵暴挙ノ事情其他申上書(島田助七)
  〃〃五六九九  歩兵第一連隊徴兵情 明治六年九月
  〃〃五七〇四  探索大概(新潟出仕大野村元第三遊隊小林政司方帰農仰付 ………)
  五門五七〇六  江藤新平西郷ノ家ニカクルトノ風説・酒田県ノ状況聞書
  〃〃五七一一  佐賀県下ノ賊徒降伏以来目撃概略 明治七年三月
  〃〃五七一六  東京ヨリ帰省ノ者及在県ノ士族○輩佐賀木町小松屋ニ会シ談義ノ件ニ付探索書
  〃〃五七三四  征韓論主張者元外務六等出仕林有造の行動聞込書 明治七年三月
  〃〃六一五九  皇室扶翼ニ就キ世ノ浮言等ヲ以斟酌セザル様建白(塩川広平) 明治二十二年十一月
  〃〃六二三七  遠州金ヶ原の地に在る者其他二件に関する探索書
  〃〃六二七〇  国会開設ノ期限ヲ短縮スルノ建白(佐藤晋禄他) 明治十八年二月
  七門一〇七六  国家興隆策廿一ヶ條
  五門   四  招魂碑建設ニ関シ三条太政大臣ヘノ上書(長野・河西浦平他) 明治十七年八月十七日
  〃〃   七  奉職歎願書(福島・大河原源五郎)
  〃〃 一一六  維新政記(藤原重章)
  〃〃 三四〇  於横浜表風聞承り候廉々奉申上候書付(戸田嘉十郎)
  〃〃 三四九  進言書(吉田一貫斉) 明治十二年六月
  〃〃 四三二  亜米利加使節仮条約に関する文書(堀田宛)
  〃〃 四八三  蝦夷地取治に関しての文書(松前若狭守父子)
  〃〃 四九七  遊芸人運上金仰付に関しての申上書 明治元年九月
  〃〃 五一〇  市中酌人共風俗頽廃ニ関シ願上口上書(市政裁判所宛) 慶応四年八月
  〃〃 五一五  馬喰仲間鑑札駒銭等の儀に付願上口上書(秦逸) 慶応四年八月二十八日
  〃〃 五一九  伏而感遇 慶応四年八月
  〃〃 五二四  木具職渡世御仰付に関し願上口上書(赤坂田町・久治郎裁判所宛) 慶応四年九月十一日
  〃〃 五二六  市中町々の自身番屋敷存知の儀ニ付願上口上書
  五門 五三二  外国事情と国交問題記録(川路・岩瀬の演説書取) 安政六年
  〃〃 五三五  遊女営業禁止に付建議書(三条宛)
  〃〃 五三七  兵庫へ異船渡来ニ付建言書
  〃〃 五四五  雑記録(江戸時代史料)
  〃〃 五五二  北越再進概略
  〃〃 五六八  幕末外国関係事情其他国内騒動雑纂
  〃〃 五七一  公武合体掃攘夷戎についての上意文書
  〃〃 五七二  幕末外交関係文書雑纂
  〃〃 五七七  外交関係文書并世態人情考等記録雑纂
  〃〃 五七九  鎖港等外交関係文書
  〃〃 五八九  幕末外交関係書類綴
  〃〃 六〇七  辰年以来被下金取調書
  〃〃 八五四  御府内道路普請造方願書(本町・久兵衛市政裁判所宛) 慶応四年八月十一日
  〃〃 八五五  町明燈御願筋(本所・作右衛門裁判所宛) 慶応四年八月
  〃〃 八六九  千住在々元水戸藩士其外潜居之由風説有之候ニ付実地搜索之手続書 明治六年十二月
  〃〃 八八一  因幡の景況につき山部隼人より承り候概略
  〃〃一〇五一  明治御一新に際し建言書(千住・伊東隼之介) 明治元年
  〃〃一〇七二  服制之弁・学術之弁・兵気之弁・軽租薄斂之弁
  〃〃一一三九  朝廷登用の人物について抗議し朝廷の正義に出でんことの建白書
  〃〃一一四〇  時事についての建白書1小学校2米価3火災 明治二年五月
  〃〃一一四一  明治維新の実を揚ぐるに緊要なる四事項の建白の建白(人材登用・大小学校・外国交際・陸海軍)(細川韶邦) 明治二年五月
  〃〃一一五七  防火につき献言(浅草・富五郎市政御用所宛) 慶応四年八月
  五門一二八〇  天下今日の形勢に立ち至りたる根元につき檄文
  〃〃一二〇九  豊後府内の儀につき歎願書(府内藩・田崎新押小路宛) 明治三年
  〃〃一四九九  農工商三民除害民心安堵の策につき建白
  〃〃二三三九  三條家記録文書目録(建白意見—請願之部)
  〃〃二九七一  林平七南部事情書取
  〃〃三一一五  搜索書(藩紙幣事件ニ関シ)
  〃〃三一一六  (軍務掛・国内事務掛・外国掛)右ニ関シ申言書
  〃〃三八二四  上州長柄郡賊徒の行動につき探索献言書(柴山平三宅慎蔵宛)
  〃〃四〇五九  奥州悪人たいじについて願出文書(天玉堂役所宛) 明治元年八月二十日
  〃〃五一八三  福沢諭吉建言中華族タル者専ら海陸軍務ニ従事スルノ儀ニ付意見徴収ニ関スル文書
  〃〃五二四八  時務論(奥宮正由)
  〃〃五三六九  民情探知ノ必要と其方法について
  〃〃五五八五  熊本福岡県庁よりの其地方状況の達し
  〃〃五六七四  武州埼玉郡笠原村小前惣百姓一同歎願書(民救裁判所宛) 慶応四年八月
  〃〃六一一九  建白書(国是三綱)
  〃〃三五五二  (とりなおし分)
  〃〃三五三八  津藩探索書・度会県下探索書
  〃〃五二四七  征韓すべきことの進言
  六門一八八四の内井伊直亮書状四通
         井伊直弼書状 一通
  〃〃一八八五の内姉小路公充書状 一通
  五門 七三〇  若松地方有志総代願書(森惣兵衛) 明治十七年十月二十六日
                           (以上八〇年三月撮影分)
また、三条家文書以外の神宮文庫所蔵文書の内、以下のものを撮影した。
  五門二四五〇  神戸藩本多家記録の内一冊(抄)(明治三年取調書)
  〃〃二四六七  神戸藩本多家記録雑の部一冊(抄)(加州侯上書その他)
  〃〃一〇四四  天保七年八月甲州大騒動打壌サレ候名前荒増控一冊
  七門 八一〇  町会所留一冊
  〃〃 八三二  評定所寄場起立一冊
  五門二四六七  神戸藩本多家記録雑の部(建白書)
                           (以上八〇年三月撮影分)
 なお神宮文庫所蔵文書のうち、幕末維新関係史料に関し、左の如く調査をおこなった。
 神戸藩記録(五—二四六七)                      一五冊
 第一冊は井伊・間部等に対する文久二年の処分申渡、第二冊は「子八月廿七日阿部豊後守様江差出」その他、第三冊は明治元年本多河内守の弁事役所宛届、第四冊は文久三年度の諸事留、第五冊は第一冊と同一のもの、第六冊は元治元年七月時の留、第七冊は明治四年神戸藩届、第八冊は元治元年七月、江戸表での長州屋敷処分の留、第九冊は、文久三年八月時の留、第一〇冊は元治元年九月御用廻状写、第一一冊は雑記録、第一二冊は元治元年加州公上書等写、第一三冊は明治元年神戸藩の弁事役所への届、第一四冊は明治四年神戸藩東京日記、第一五冊は明治八年時の諸建白写となっている。
 神戸藩本多家記録(五—二四五〇)                    七冊
 第一冊は幕末期の諸事留、第二冊は租税録(明治二年八月)、風聞書写(文久三年)等、第三冊は癸丑以来取調書(弁官宛、明治三年九月)、第四冊は明治初年の藩制、第五冊は「甲子ヨリ戊辰マテ五ケ年平均伊勢国河内国支配地数取調扣」、第六冊は戸数人員総計簿、官員名簿(元神戸藩)、第七冊は「文久三癸亥年十月御代々御朱印御文言写」等。
                   (渡辺直彦・宮地正人・高埜利彦・塚田孝)


『東京大学史料編纂所報』第15号p.139