東京大学史料編纂所

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東北地方のキリシタン関係史料調査

 昭和五十二年十一月九日より同月十三日までの五日間、岩手県下の水沢市、江刺市、盛岡市においてキリシタン関係史料調査と撮影とを行なった。
 東北地方所在のキリシタン関係史料の調査は昨年度行なった宮城県に次ぎ第二年次にあたり、本年は岩手県下所在の関係史料の調査と蒐集を行なうこととした。
 水沢市立図書館では、当地のキリシタン旦那後藤寿庵に関する史料について調査したが皆無の状態であった。司書高橋玲子氏の案内で寿庵とその家臣団の居住地であった福原の遺跡を見物した。尚、当図書館には留守家文書二千点余りが保存せられ、中世文書についてはすでに本所所員が調査ずみである。印刷校正中の『留守家文書目録』には、近世関係文書一三五五点、絵図一四九点が見られる。
 水沢図書館の紹介により、江刺市立図書館を訪れる。江刺市では現在市史十一巻を刊行中であり、すでに資料篇四巻を刊行している。市史第五資料篇にキリシタン類族史料四点を載せている。館長相原伊孝氏の好意により左記四点を調査し撮影した。  

 一、享保五年十一月廿九日(江刺郡)田茂村古切支丹之類族二季一季本牒  一冊
 一、明和六年二月分類族人数〔書上〕                  一通
 一、明和六年三月 運次宛江刺黒田山村御百姓転切支〔丹〕類族助惣
                                 折り紙一通
 一、享保五庚子年十一月廿九日 黒田助村古切支丹之類族二季一季本牒   一冊
 

 盛岡市公民館においては、南部藩のキリシタン取締り関係史料および類族関係文書を調査しマイクロ撮影をした。撮影史料のうち主なものは左の通りである。 番号は文書番号。

 一、切支丹文書(桐箱入れ)北西—一〇号          特十七・五—十七
 (六八) 寛永拾弐年極月十五日 盛岡きりしたん之覚          巻紙
 (六九) 寛永十二年十二月十七日 郡山貴理志端改申事         一通
 (七〇) 寛永十弐年極月十五日 花巻きり志たん之覚          巻紙
 (七一) 寛永拾弐年極月十六日 遠野分貴理志談之覚          一通
 (七二) 寛永十二年(?) 南部領内きり志たん宗旨改人数覚      巻紙
 (七三) 寛永十三年三月廿四日改 籠ニ而煩果申きり志たん之覚    一枚物
 (七四) 〔寛永十三年〕子ノ三月廿五日 江戸へ被仰上候帳之内    一枚物
 (七五) 寛永十三年三月廿五日 きり志たん妻子御成敗之目録      巻物
 (七六) 〔寛永十二年〕 〔きりしたん身元引請願書〕   十一通、包紙一枚
 一、寛永十六年七月廿三日切支丹制禁達書               一枚物
                       北四—一〇号 特十七・五—十八
 一、切支丹資料                     〇一七—〇〇三—二
 雑書抄(写) 一冊、寛永二十一年三月十八日から文化十四年四月までのキリシタン取締りと類族に関するもの
  在府留抄(写) 一冊、天保二年から文化十四年までのもの
 一、宝永元年六月十九日 古切支丹類族格式 写 一冊     〇一七—〇一三
 一、元禄六、十六年 胆沢郡古切支丹類族書上(写) 一冊   〇一七—〇〇五
 一、一関藩切支丹所備附薄冊目録 一冊            〇一七—〇〇六
 

 さらに岩手県立図書館では、県史編纂所所蔵に係わる類族帳二点の写本を検索した。
 岩手県下のキリシタン関係史料は主として盛岡市公民館所蔵の南部家文書群のなかに多く見られるところから、欧文史料に見られる寛永中期頃までの当地方のキリシタンの動静を日本側史料によっても確認・対照可能になったと言える。
                                (五野井隆史)


『東京大学史料編纂所報』第13号p.71