東京大学史料編纂所

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益田家所蔵史料調査

 一九七七年八月一日から四日まで、山口県阿武郡須佐町の益田兼施氏宅に赴き、益田家文書の寄託契約更新の手続きをおこなうと同時に、同氏宅にある史料を調査した。益田氏の語られたところによれば、同家にあった漢籍類は、一九〇一(明治三十四)年に郡立図書館へ寄附し、現在は萩市立図書館に架蔵されており、また、中世近世の文書類の大部分は、第二次大戦後間もなく、文部省史料館に送られたとのことであった(現在は本所に寄託されている)。
 今回の出張は、益田氏宅にある史料を、山口県と文化庁が調査する日程にあわせて計画したもので、調査主体は本所ではなかったため、史料群全体の状況はつかみ得なかったが、概括的には次のようなことが指摘できよう。
 中世文書の原本は、存在していない模様である。
 近世前期の法令や覚書の写が一定量あるが、その大部分は水づかり又は虫損で解読が困難なものである。
 一八六四(元治元)年に自刃を命ぜられた長州藩家老益田親施およびその子の親祥に宛てた書状類が若干あるが、披見し得た限りでは、政治的な内容に触れるものは少い模様である。
 シーボルトの直筆書状が一通、戸棚の引出しの中に保存されていた。長州藩がオランダから軍艦を購入するため、長崎に来ていたシーボルトに、その価格を調査してもらった際の返事である。
 今後の再調査の必要の有無は、七八年度にも継続される山口県と文化庁の調査結果の公表を待って、判断を下すことが妥当であろう。
                    (小野正雄・桑山浩然・長谷川成一)


『東京大学史料編纂所報』第13号p.109