『戦国女人抄おんなのみち』

佐藤雅美
出版社:実業之日本社
発行:2009年3月
ISBN:9784408535487
価格:¥1785 (本体¥1700+税)
 
信頼の描写 逞しき姫

 池田輝政という大名がいた。虎退治など格別な武功も城取りの知略も伝わらぬ、平凡なお人柄。ところが関ヶ原の戦後、
ケチで有名な徳川家康からビックリする程の厚遇を得た。姫路城主となり、一族で百万石近くを領有、「西国将軍」と謳(うた)
われた。なぜ? 実は彼の妻は家康の娘。輝政の押しかけ女房となった彼女(バツイチ)の活躍が、池田家大躍進を現出した。

 本書は信長・秀吉・家康と周囲の武将に言及しながら、7人の姫の生き様を活写する。夫が舅(しゅうと)に餓死させられた人。
切腹した夫へ、一途(いちず)な愛を捧(ささ)げた人。2度離婚し、娘2人を連れ9歳年下の若殿と結ばれ、なおかつ完璧(かん
ぺき)に尻に敷いた人。それぞれに個性的。だいたい「女は男に従順であれ」などとは江戸時代の儒学者のたわごとで、戦国
時代の女性は宣教師のリポートが伝えるように、実に逞(たくま)しく頼もしい。

 フィクションの舞台を前近代に設定するのは困難な作業であり、相応な勉強が必要になる。環境が異なるのは勿論(もちろん)
だが、人間の理性も感性ですらも、いまと同じとは限らないからだ。

 先日、上杉家の直江兼続を主人公とするドラマを見ていた。初陣のイケメン兼続が、こいつにも親兄弟がいるよなあ、と敵と戦え
ずに苦悩している。おいおい、それはないだろう。現代社会では人命は何より貴いが、戦国時代にそんなヤツはいないよ、である。
もしかすると「愛」印の兜(かぶと)からの連想なのか? いや、あれは「愛宕権現」または「愛染明王」の意であり、断じて「LOVE」
ではないぞ。

 フィクションだから、丸ごと作り物でOK。そういう考え方も「あり」だろう。最近話題になった時代小説には、そうした構えが少なく
ない。だが私は歴史研究者であるせいか、違和感が先に立ってなじめない。細部が正確でこそ、物語は一層映えるのではないか。
その点、本書はまことに信頼できる。まさに手練(てだ)れの仕事であり、時代の特徴をよく捉(とら)えている。

◇さとう・まさよし=1941年、兵庫県生まれ。85年、デビュー作『大君の通貨』で新田次郎文学賞。94年に直木賞。

実業之日本社 1700円

評・本郷和人(日本中世史家)

(2009年4月13日 読売新聞)