『Happy victims』

都築響一
出版社:青幻舎
発行:2008年11月
ISBN:9784861521683
価格:¥3360 (本体¥3200+税)

モノに囲まれ至福の時

 すごい。一つのブランドに全身全霊入れあげて、服から小物から後先考えずに買いまくる。そんな「着倒れ君」の事情がカラフルに85例も
集められ、一冊の本になった。それでなくても、いまの若い人たちはたっかいブランド品をめいっぱいムリして買って、もう。なんて苦言をよく
耳にする位だから、こんな生き方は金輪際! 文科省の推薦は受けられないだろう。だけれど。実は日本人は、少なくとも室町時代の昔か
ら、海外の高価な品々に目がなかったのだ。

 室町文化というと、わびとかさびとか、何だか貧乏臭いのを連想する。だがこの時代には海外から様々な文物「唐物(からもの)」が勢いよ
く流入し、「和物」を超える価値が付され、庶民までが競って買い求めていた。土地(不動産)を基礎とする経済から「モノ」(動産)を注視する
経済へ。その変化が社会の進化の根底にあった。

 もう一つ。金閣寺の北山文化に銀閣寺の東山文化。学界ではこれに天文文化というのを加えてはどうか、と議論している。天文年間(153
2〜1555)ころ、京都の富裕な町人が担い手となり、新しい文化が花開いた。唐物と和物の融合が試みられ、「やつし」が主要テーマとなった。
広い屋敷の敷地内にわざわざ四畳半の小さな建物を立て、そこに配した愛玩(あいがん)の品々に囲まれて至福の時を過ごす。都市にいなが
ら鴨長明(かものちょうめい)のような隠遁(いんとん)者に身を「やつす」のである。これを「市中の山居」と呼ぶ、と宣教師はレポートしている。

 こうした知識を前提に本書を見ると、まことに興味深い。一見してけったいな人たちだなあと思うのだけれど、だが彼ら「着倒れ君」こそは伝
統的日本人なのではないか。大好きな「モノ」に埋もれてうっとり幸せ。住居用のカネにも手を付け、「やつし」ではなく本当に四畳半に住んで
いる分、真の文化の戦士に違いない。笑いたいヤツには笑わせておけ。新しい潮流を創るのは君たちだ! たぶん、そうだと思う。うーん、そ
うなんじゃないかな……。

 ◇つづき・きょういち=1956年、東京都生まれ。編集者。著書『ROADSIDE JAPAN』で木村伊兵衛賞。

青幻舎 3200円

評・本郷和人(日本中世史家)

(2009年2月16日 読売新聞)