悪党の戦旗 

 室町時代、兵庫・岡山県を領する赤松という大大名がいた。初代の円心は
楠木正成と並ぶ「悪党」の代表的な人物で、鎌倉幕府を滅ぼすのに大功が
あった。ちなみに悪党とは「悪いやつ」と同義ではない。将軍直属のエリート
武士「御家人」とは異なる、在地の土豪的武士を指す。もちろん品は悪いの
であるが。円心はやがて足利尊氏に従属し、赤松宗家は幕府指折りの重臣
として繁栄した。ところが曾孫の満祐の代に6代将軍義教を弑殺、「将軍犬死」
と評された嘉吉の乱を惹起する。幕府軍の攻撃を受けて赤松家は滅亡、家臣
たちは離散する。本書は将軍暗殺から筆を起こし、遺臣たちが艱難辛苦の末
にある事件で奮闘、お家を再興するまでを描いている。ある事件とは・・それ
は本書でお確かめ下さい。

 本書には、宮本武蔵や坂本龍馬の如き、作家の類い希な想像力によって
「創出された」スーパーヒーローは一切登場しない。頭脳にせよ身体にせよ人
間離れした能力を駆使して、難局を乗り切っていく爽快感は味わえないかもし
れない。しかしここには紛れもない人間の生き様がある。一人では無力とい
うほかない主人公小寺藤兵衛は、あなたであり、私である。しばしば残酷な
相貌を顕わにする「とき」に対して、いかに人間は抗って生きていくのか。この
テーマへの応答が抑制のきいた筆致で丹念に書き込まれている。

 歴史研究者の端くれである評者が感嘆したのは、作者の真摯な探求心である。
歴史的な人間のリアリティを追求するには、その舞台となる当時の社会への
正確な理解が必要となる。その困難さ故に、室町時代の歴史小説はこれまで
ほとんど書かれなかった。作者はおそらく、古典と研究書に真正面から立ち向
かい、膨大な時間を費やして自分なりの時代のイメージに到達したのだろう。
作者の誠実はまことに信頼すべきものである。

 確かな「とき」の把握と等身大の人間像。虚飾を排した、率直かつ新鮮な歴史
小説の登場である。