神奈川大学COE「人類文化研究のための非文字資料の体系化」第1班公開研究会 2006年7月21日(金)
『絵巻物による日本常民生活絵引』と中世史研究−『絵引』の遺産継承の観点から−
藤原重雄(東京大学史料編纂所)
0、わたしと『絵引』 1990年11月・新版10刷
1、絵画へのアプローチ
拙稿「中世絵画と歴史学」(『日本の時代史』30、吉川弘文館、2004年11月)
図式化:美術史学 ⇔ 歴史学
作品 内容・事柄
伊藤大輔「美術史と絵画資料論のパラゴーネ」(『岡山大学文学部プロジェクト研究』4、2005年3月)
五味文彦「あとがき」(藤原良章・五味文彦編『絵巻に中世を読む』吉川弘文館、1995年12月)
絵画史料に接近する方法
「テーマから図像を考える」/「図像からテーマを探って問題を広げようとする」
研究の方向性・志向性、素材へのアプローチのあり方としては、各学問分野の内部でも存在
主題構成的、問題意識的/対象素材的、史料(資料)論的、史料読解・解釈・注釈的
⇒ 二者択一の関係でなく、相互作用的。研究スタイル。
2、『絵引』の強み
旧版『絵巻物による日本常民生活絵引』(角川書店、1964年12月〜1968年1月)
*角川『日本絵巻物全集』附録
新版『絵巻物による日本常民生活絵引』(平凡社、1984年8月)*総索引に小論附加
五来重『絵巻物と民俗』(角川選書、1981年)*角川『新修日本絵巻物全集』月報
宮本常一『絵巻物に見る日本庶民生活誌』(中公新書、1981年)*中公『日本絵巻大成』月報
奥平英雄『絵巻の世界』(創元社、1961年)
*「生活の姿」の章では、労働、遊戯・遊芸、飲食、旅行、商売、信仰、年中行事、睡眠・臥床、の項目。
「哀歓の姿」の章では、悲しみ、苦しみ、怒り、驚き、喜び、笑い、恋、といった項目。
口絵図版120頁・204図も、これら項目と対応。モノクロながら、当時としては相当に多用か?
→ 作品の解説的な部分も多いが、美術史研究者の絵巻の記述としては例外的か。
美術史学の研究では、絵巻物史≒作品史、絵巻研究≒作品紹介・研究、が大勢となる。
歴史学(狭義)では、文献史料や理論的関心に傾斜(排他的)。
奥平英雄『絵巻物再見』(角川書店、1987年)
*第九章「絵巻に見る風俗・生活」に、『絵引』への批判的な注文。
常民生活に限定せず、諸階層の風俗・生活に広げる。 ←有職故実の図典は既存。
25作品と数が限られている。はるかに上回る多数の作品から。 ←素材となる写真・複製本の制約。
模写の基本資料がモノクロ。東博模本(狩野晴川院、明治の博物館、文化庁事業)の活用。
抜きとり模写。背景図の併載。 ←全図は別形態で参照可能。物語内容についての記述に傾斜。
分類項目の修正 ←学問分野に即したカテゴリーの存在。一方、絵巻の図像を活かす分類項目の設定。
諸専門分野の交流協力。綜合的・具象的な資料の一大集成。
分節化・バラバラにすることのメリット
絵画・作品から「切り取る」ことへの思い切りの良さ。
「特定の関心」からの記述・名付け。主題・物語内容からの距離を取る。
網羅的というより、選択的・典型例。小テーマに即した解説(notデータベース)。索引による相互連関。
修正すべき記述はあるが、『日本絵巻大成』の図版下の解説に比べれば格段に正確。
索引・シソーラスの構築
民俗学での民俗的生活誌記述の枠組みを利用できる。
← シソーラス・オントロジーの精密化自体が目的化する危険性? 図書館・文書館との差別化?
網野善彦・大西廣・佐竹昭広編『いまは昔 むかしは今』索引(福音館書店、1999年)
*大西廣・太田昌子編「図像から読みとった イメージと事柄の索引」
ルーロフ・ファン・ストラーテン(鯨井秀伸訳)『イコノグラフィー入門』(ブリュッケ、2002年)
*西洋美術史。ICONCLASSシステム。主題分類⇔キーワード
日本中世史学の変容:民俗学的関心の共有と歴史語彙論。索引(インデックス)の効能。
*拙稿「書評 保立道久著『物語の中世』」(『歴史評論』596、1999年12月)
3、『絵引』遺産継承の強み
西山健史氏(京都嵯峨芸術大学)「日本常民生活絵引データ・ベース」(1993年)
*かつてWeb上に「データの入力を行なった」旨が記載されていたように記憶する(データは非公開)。
マルチ言語版 ←当面の目標がWebなのか、刊本なのか、両方なのか。欧米の画像データベースの参照。
Web版『絵引』。原図(管理情報)−『絵引』(本文・キャプション)−補注(訂正・参考文献)
原図の活用
トレース図作成の時間・費用は膨大になる。
現在入手可能な刊行物(『新修日本絵巻物全集』『日本絵巻大成』)からとて、正確なトレース図は困難。
良質な模本の活用(近世・近代の精巧な剥落模写)。原本の高精細デジタル画像。
4、『絵引』から抜け落ちやすいもの−『慕帰絵』巻五第二段の場合−、その他
軒先の鞠
*『絵引』:名付不明 →拙稿:類例発見 →黒田智「鶏・柳・鞠」(近刊):歴史文化的背景
「腰挟(こしはさみ)」・「鞠挟(まりはさみ)」との名付け。
路上の人々
*〈遊行芸能者とほえかかる犬、からかう子ども〉:図像の類型
「風流な趣味人」、「物詣で」、「富裕な僧」、「禅僧」。親鸞行状追慕との対比。〈琴碁書画〉の変奏。
歴史的名辞、同時代的呼称。古語辞典、用例。名付けできないモノ・コト。
コンヴェンショナルな結びつき。図像的・表象的コロケーション(連語)。「文学」的連想。
図像まとまり・セット。図像・場面の含意。
他の絵画作品ジャンル。主題・内容から特定できる「名付け」。
近世の図解的・記録的絵画史料。物質文化の諸分野に即した典型的素材。個別作品の記述→串差し。