P0777
 Ⅱ 12 18 66
琉球關係文書 一四
P0778
 元國事鞅掌史料
 (紙數三十六枚)
 琉球關係文書 一四
P0779
 島津家編輯所圖書
 5092
 昭和二年五月一三日受入
 引繼
琉球關係文書 一四
 目録
 戯文和解
 琉踊
 戯文和解 嘉永五年琉人参府の部 リノ二
P0780
琉球關係文書 一四 元國事鞅掌史料
參考
 上引
 引トハ出掛リテ一段ノ序ヲヒラクト云意ナリ開引ト云ヒ引臺ト云モ同起場スルユへナリ
P0781
 唱
 唱トハ管絃ニ合テ歌ヲウタフ事ナリ即チ歌ト云所ニアリ
 白
 白トは互ニ掛合ノ問答スル事ナリ即チコトバト云所ニアリ
 板
 板トハ平板トテ歌曲ノ調ノ名目ナリ
 且 且トハ女形ナリ其内老婦ニナルヲ老且ト云ヒ貞静ナル婦人ヲ正且ト云ヒ風流ノ艷女妾婢等ニナルヲ小且ト云
 外 外トハ大将役ヲスルモノヽ名目ナリ
 生 生トハ立役ナリ忠義ノ官負豪侠ノ士ニ出立ヲ正生ト云ヒ壮輩ノ者風流ノ才人等ニ出立ヲ小生ト云
 丑 丑トハ傭夫奴僕或ハ生質宜カラサル小人ニナル役者ノ名目ナリ
 和番
 漢ノ王昭君ハ今ヱヒス国へ赴ムカント宮中
P0782
ヲ出立チレハ帝カギリナク 惜マセ玉ヒ国舅王龍ヲサシソヘ見送リニツカワサレケルニ昭君ヲ送リテ胡ヘ赴ク馬夫ノ者モ天地ニ向ヒテ拜禮シ野クレ山クレノ道スカラ艱難ナレハ天地モ御照察アレト祈リケルニヲ程ナク国舅馬夫ヲ呼出シ申シケルハ此山路ハ轎ニテハ通ルマジヨキ馬ノ手アテアリヤ引キ来テギンミセントアリケレハ頓テ馬ノ粧モデキ昭君ヲシテ鞍馬ニノセイトマゴイシケレハ昭君ハ猶離情ヲステガタク肝膽ヲ碎キシカ是非ナクモ生土ニ立ハナレヲソロシキ胡地ニヲモムキ心ノ内イカバカリナランナク々々馬ニ打ノリ猶モ悲情ヲ述べ琵琶ヲ抱イテ心ヲイタメルニ早ヤ黒水橋ノ辺ニ来リヌレハ一羽ノ孤雁飛デ馬前ニ落チケレハ即チ馬夫ヲ呼ビカノ前ニ飛ビカフハナンノ鳥ソヤトタヅヌレハ早ヤ渡リノ雁ナリト申ニゾ又モアワレヲ催シ都ノカタヲウチナガメ吾レ一封ヲ修シテ都ヘ送リ参ラセント悲ミナゲキケレハ送リノ者モ数声ノ琵琶ノ音
P0783
ニ心モ乱レ猶ユクサキ千萬里恨ミニカケシ袖ノシタカラミセキアヘヌモノ思ヒ一カタチラズ一ツニハ又ステガタキ父母ノ恩二ツニハ恩愛ウケシ戀ヒ人三ツニハ萬民ノ損シ四ツニハ国家ノ兵粮ツカイステ五ツニハ百萬ノ軍卒晝夜ニ驚ヲウケシ事共憐ミ思フ所ニ早ヤ馬夫追立テ冬ノコトナレハ冷気モマサリ来ル間早ヤク御イソギアレト進メケレハナク々々雁門関ノ辺マテツキニケリサレトモ行サキ遥カナレハ都ノ事共思ヒヤリナゲキシガ日モ早ヤクレヌレハ早ク雁門関ニイタルべシト申セハ昭君立上リタトヘ南朝皇宮ノ狗トナルトモ胡地ノ人トナル事ナカレト昔毛延壽カ甚タ良心ナキコトヲウラミ長途日ヲ積デ辛苦ヲナシ胡地ヘ赴キシコト誠ニアワレナル事共作意シタル仕組ナリ
 打 花 皷
 一人放逸ノ士アリ毎日旅舎ニアリテ氣鬱シケルカ有ル時気散シニ町ニ出テ徃来ノ人ヲ
P0784
見物スルニ折節女夫連立テ町中ヲヘメグリ花皷ヲ打テ歌ヲ謡フ者ニ行会ヒシガヨヒ来ッテ歌ヲウタワセケルニ其歌ニ園ノ花ノ盛ナルヲ吾レ自ラ手折シテ若キ戀フ人アリテワレヲツミセバイカヽセン四季ノ花モタヘズ見事ナルニ若イモノヲカキヨリ引入レテ眞ニカワイラシサヨト謡フニコソ相公ハ戀々ノ情ヲ起シ女ニ戲ムレケレバ供ノ者相公ハ書ヲ讀ム人ノアルマジキ事ナリト申セハ大ニ腹ヲ立打擲シテ咒リケリ女ハ又戀歌ヲ以テ心ヲ引ミダシ謡イヲワッテ褒美ノ銭ヲ求メケレハ望ミニマカセ送リケル又女ヲ召呼ビヒソカニ包ミモノヲ送リケレハ女ハウザルニ押テヲサメヨト云ニコソ不審ナガラモ受用シケルニ老公ハスカシミテ腹ヲ立禮法ヲシラザル御方カナトイヘハ其マヽ立ノキケリ老公ハ女房ノ不審ヲ責吾ハ其許ヲ一生女房ニハシガタシサイゼンノ品ヲノコラズ出セト責メケレハ女房ハセンカタナク哭叫ビケルニ老公ハコレニ恐レテ慮外々々ト
P0785
女房ニ手ヲ下ゲ詫ゴトシテ申ケルハ今日ハヨホドノモフケアリ早ク囘ルべシト夫婦ツレ合立帰ル躰ヲ笑グサニ作意シタル仕組ナリ
 買臣得官赴任故事
 朱買臣ハ會稽群ノ人ナリ家貧ニシテ常ニ山中ニ徃キテ薪ヲトリコレヲ市中ニアキノウテ日ヲ送リケルカ元ヨリ朱買臣ハ書物ヲ讀ム事ヲスキシ人ナリシカ春ノ事ナレハ快晴ニ乗ジ此ニシバラクヤスミ景気ヲミルべシトテフトコロヨリ一卷ノ書物ヲトリ出シミルニ折カラアタリノ小児トモ馳セ集リテ美景ニ戲ムレヲナシ胡蝶ハツカイツガフテ花ノ木ノ間ヲ穿チ遊ブニ只独リ買臣ハ石上ニ坐シテ書ヲヨムヲ皆々謗リ笑ウニ妻ハ常ニハツカシメヲ受ル事ヲフカク恨ミケルガアル時夫ニ向ヒテ申スニハワレ久シク君ニツキソヒイトナミヲナストイヘトモ常ニ難儀ノミナリイツ安樂ニナル期モシレス世上ノ
P0786
人ニモハヅカシク思フナリ今ヨリイトマヲ申シテイヅクニテモヨキ手筋ヲ求ムべシト思フナリトイヘバ買臣申スニハ昔シ太公望ハ八十二歳ニテ尚父ニ拜セラレテ軍師ヲサヅク公孫丞相ハ五十九歳マテ東海ニアツテ猪ヲアキナフテ正ニ六十歳ニテ始メテ官トナリタル例モアレバ我モ五十歳ナレバホトナク出世スヘシ汝昔ノ甘羅ガ少年ニシテ立身シタルニハ及ハストモ前ノ両人ニハヲトルマシトカクシンボウシテ數年ヲマツベシ必ス大キナル富貴ヲウクベシトイヘバ妻申スニハ君ハ古今ノ事ヲトリアゲテワガ言葉ヲキヽイレズニ書籍ヲステタマワス然ラバワレ決シテ身ヲオハルマテツキソイ居ルコトカナワズ自身ニヨキミチスジヲ尋ヌベシサラバ御イトマ申サントテヒタスラニ留ムレトモ耳ニモイレス出デ去ケリ其後果シテ買臣ハ會稽ノ太守トナリ行列ヲソロヘテ通リケルニ元ノ妻ヲ見テ供ノモノニ申付ケ呼ビ来ラシム妻甚ダ後悔シ買臣ガ詞ニシタガ
P0787
ワザルコトヲワビゴトシケレバ買臣人夫ニ申付ケ一枝ノ筆ノ取リ来タラシメ墨ニ染メテ云ケルハ若シ此ノ染メル墨フタヽビノクコトアラハ又夫婦トナルベシトイヘリ 然レドモ買臣少年ノトキ結髪ノ情ヲ思ヒサスカ無理ニシガタク後園ノアキ地ヲアタヘ夫婦生活セシメケルコトヲ作意シタル仕組ナリ
 借衣靴
 張氏ノ者アリ常ニ風流イタズラコトヲ好ミ次第ニ元手モ薄ク難儀ノ世ワタリニ身ニカザル衣服モナクシテ両人ノ明友ヲスカシニ色ノ衣靴ヲカリウケリツパニ粧ヒ立傾城町ニ行テ見物セント歌ヲウタヒ徘徊スルニホドナク門口ニツキケレバ門ヲ開ケト叫ビケルニ内ヨリ女ノ声ニテ誰ナルゾト走リ出ミレバ張相公ナリ互ニ禮ヲ施シ頓テ媒ヲヨビ出何篇ニ気ヲ付サセ酒ヲモテハヤシテ両人歌ヲ謡イケルニ其ノ歌ニ ハ閨中ニアリテ
P0788
物思ハシキニ忽チ戀ヒ人ノ出立ヲキヽ吾ガ思ヒモタヘタルニ一席ノ酒ヲトヽノヘハナムケシテ吾ガ心中ノ情ヲアラハサント謡フ折カラ一人年若ノ男アリテ張相公ハワレヲスカシ靴ヲカリウケ今ニカエサズ思フニ遊所ニ行テ樂ヲナサンワレ自行テ彼ヲスカシ取リ来ルベシト馳向ヒ張相公ヘ逢テ申度事ノアリケレハ門ヲ開ケヨト呼ビケルニホドナク声ニ応シ出来リ件ノ男ノ申スニハワレ一封ノ書状ヲ靴ノ内ニ入レヲケリ其許ノ靴ヲヌギテミセ玉ヘ若シ此ノ内ニナクハ誰カヌギサル者ノアラント云ヘハ張相公ハ面目ヲ失ヒ何ノ思慮モナカリシガ俄ニ腹ノ痛ミニカコ付イタイ々々々ト云ヘハヲンナ共打ヨリ相公ノ腹ノ痛ミハ酒ヲ参ラスベシ必スヨカラント云ニゾソレニ気ヲヒキ立又モ酒宴ヲ催シ猶モ契リシコトドモ心ヲ寄セテ歌フ折カラ叉モ入リ来ル男アリ張相公我ヲダマシ衣裳ヲカリテ今ニカエサス察スルニ遊所ガヨイナルベシ我彼ヲスカシ取カヘスベ
P0789
シト来リ見レハ張相公以前ノ如ク出迎ヘケルニ若モノ申ニハ我衣裳ヲヌギテワタサルベシ慮外ナガラ早クヌギタマヘト手ヲカケ引ヌキ持カエリケレバ相公ハセンカタナク大事ナイト云テウロタヘケルヲ女共ハ腹ヲ立罵スニハ今夜ハ吉日良辰ナルニ何レニ祝言ハナサイデ囘リ来ルヤト云ヘハ娘申ニハカレ何ノ心ト云事ヲシラス吾ヒトリ坐シテイラレズ囘リ来レリト云ヘバサヨウナラ定テワケモアルベシ先ツ母ガ房ヘ居ルベシト申付下部ノ梅香ヘ燈ヲトラセ自ラ状元ノ房ヘイタリサテ御尋申タキ事アリテ参タリ娘事器量アシクユヘ御気ニサカイ申ベキヤト云ヘハ状元答テキリヨウハマダ小キ事ナリト云フニサヨウナラ嫁入道具トヽノワザルユヘカト申セハコレハ何ノ大事カアランタダ御息女ノ名目外ブンアシキ事アルユヘ也事此場ニ至リ申上ズハ叶フマシイツゾヤ戚公子風箏ヲ取リ来吾ヲシテ画カシメ吾上ニ詩一首ヲ題シヲケリ御宅ニ落チテ又ヲシテ
P0790
取ラシムルニ御息女ウラニ一首ノ詩ヲ和シテツカワサレタリ其後吾ヲ約シテ引入レシカドモ吾キタラズ然トモ戚年伯押テ聘礼シ是非ナク承允シタリ果シテコノ事アリヤト尋ネケレバナルホドモットモノ事ナリ其時ハ吾レ娘ヲシテ和音ヲイタサセタリサヨウナラハ一先房ヘ帰リ娘ヘサグリ問ヘシトテ梅香ヘ燈ヲ取ラセアワタヽシク娘ガ方ヘ参リ呼出セシニ娘ハ打驚キ母人何シニカヨウニ御立腹ニテ御帰リシゾト尋ヌレバ母ハ猶モセキ立汝ハ好キ事ヲナシ吾レヲダマスヤ去年風箏ノ上ノ詩ハヨモヤ忘レハセマシ吾汝ニ詩ヲツクラシム誰レカ汝ヲシテ彼レヲ引入レ相見セシムルヤト責メケレハ娘ハ恨事シテアア吾汝ト何ノ仇アリテ彼ノ言葉ヲ以テ吾ヲ汚スヤ何ヲ以テカ羞ヲ雪カント母モロ供ニ哭キ立テケレハ下部共ハ去テ休息セントシケルヲ母呼ビカエシ又状元ノ部屋ヘイタリ申ケルハ娘ノ行作サグリ問ヒシニ少シノカケモナキ事ナリ其許娘ノ容貌覚ヘ
P0791
アリヤ呼ビ出シ其許ニ引合セミシラスベシ恐ラクハアヤマチアルベシト両人共ニ呼出シトクト見セシムルニ案ニ相違シテ容顔美廉ナレハサテ々々吾カ目カスミタルカト云ニ下部ノ女申スニハ御目カスミナバ眼鏡ヲ持参スベシト燈ヲ高クシテタワムレ言シケルニ母ハ立寄ナント去年カノ一人ナルヤ娘ヨ早ク去テ休息セント引立レハ状元ハセキ立イヤ々々平ニ御免クダサルベシワタクシ明日キツト御コトワリ申スト云ヘハ母ハ其意ニマカセヨシ々々早ク祝言スヘシ母ハ去テ休息セント出行キタリ下部ノ梅香ハ猶モ側ニツキソイケルガ早ク出ヨト押出シケリ夜モ早フケヌレハ互ニ佳偶ノ情ヲ述ヘ夫婦和合ノ躰ヲ伸ベタル仕組ナリ
 天保三辰年琉球人江戸江下向ニテ登城御免三ノ日ヨメル
 豊見城王子
 聞しより増りしふしの高根哉
P0792
 おもはぬ笠に積る白雪
 わたつ海乃底より出て日本の
 ひかりそ高くあふく気ふかな
 品川ニテ
 うつし絵もおよハぬ物は日本の
 雲井につヽく冨士の白雪
 むさしのヽ原と聞にしいにしへハ
 いさ白雪の軒つヽき哉
 別使
 沢砥〔タクシ〕親方
 しかれつヽはるヽヽきぬる旅ころも
 けふふるゆきにそヽきぬる哉
 かしこまり乃一言
 ふと物せしうるまの詞をたてまつりつれハむけに見おとさせ給はに思召の外にめて給ひしとて琉球乃織物扇すみ筆紙なとみなか能国のつとともの珍く可なるをあまた賜はりたるかしこまりに
 賀茂直兄
P0793
 うらせまき硯の海のあり磯にも
 数の寳乃舩やうかへる
 うる万の言葉
 いつはあれと天の下しうしろやすさハ今この御代乃名におへる天保となんいふ年の三とせの十月の末琉球国よりかしニみの使来れるを薩摩乃かうの殿ゐてのほり給ふとて世中ゆすりみちて其道の便をもとめ人みな物見に打むれゆくおのれも龍野宗盈にさそはれ出て夜をこめて伏見の里なる下板橋のわたり文珠四郎か家に到る秦清廣内直〃ニ共に来れり門のわたり桟敷かけ渡せるに夜あけて出て見れハ軒毎に幕打まわしあやしの小家にも黄かねちりはめさる屏風なとかさり立たるに遠近人おもくつるヽはかりなミゐたりやんことなきかたも忍ひの御物見に高瀬乃御舩よそひなとや侍りけん小簾なと物しく清うを尽せるかたも見ゆ今やわた
P0794
ると侍ほともとりヽヽ見物を多かり希梨辰の時はなり島津中将殿さきに出たち給ふ数々乃物の具たへましき牽馬なとこよなうよそほひ中将殿ハ綱代の駕にて百千乃供人大路せはしと前に宇しろに従ひゆく鎧櫃なとミな何 乃称号志るせるを見るに新納伊集院種島なとをはしめ慶長乃そのかミ守乃殿耳したかひて可の琉球にわた梨命をたにをくまて並ひなき雄々しさ越尽し皇國乃威をかヽやりしけん人々乃名あり其はつ子或〓058うけうやかうなとにやと今うち見るも物たのもし引つヽきて耳馴ぬものヽ音ともをわなヽかし来れるハうるま人なり中山王府恩謝正使なといふ牌をさきに立てすへてたけたち尋常よりは少しひくヽ髪はしとろに結て白か祢眞鍮なとの笄ふた本を指たり色白からす眼つき髭のさま衣かさ沓なとをわりにみなからめきたり銅鑼ひちりき喇叭皷なとのたくひなへて古とやうなる樂人を先にたて雲鶴ゑかける轎〔カタエクルマ〕に乗れるは豊見城王〔トミスクワウ〕とか
P0795
いへはのてたきかにさ迄は京橋乃もとに舳綱とかくありしとなん猶ゆくさ起にもさまヽヽうるはしみ侍るめり参りつきとそこはく乃貢物さヽるヽれハ賜物も亦あまたなりとそ掛まくもかし古き
 皇御国は久かたの天つ神の御ことよさし乃まにヽヽ八百よろつ御代はふりにたれと天つ日嗣いやつきつきに絶せすしてあやに貴き日の本つ国なりけれハこと国なとにはくらくくるしくハた外國〔トツクニ〕なへて少名御神乃つ くらしヽゆるへも侍るめれハいつくよりもあふきまつりなんこともとよ梨なれとそのかミ神功皇后乃御弟新羅王の門に神さひしよりつや年毎に棹楫ほさて御調をさヽけあるハ年ことに波乃千里をわたり来んは物しからんとの御慈〔ミイツクシミ〕より三とせに一たひ数の宝をつミて八十舩をうかへ来り或は百済王ミつからまう乃ほりて朝廷に奉仕り渤海国よりは先親の如くにいやまい累代〔ヨヽ〕恩をになふにより幸に一邦〔クニ〕を守ると大政官まて謝申〔カシコマリ〕し又
P0796
天平の頃新羅乃使唐服を着て来れるをいたく責ておひ還されしをなとミゆれハはやくは蕃人乃服すら御国乃製にならひにけんかし大化乃はしめにハ任那国を百濟王に属給ひてその任那の調賦〔ミツキ〕を百濟より奉り又御国より國司を置れし事なとも見て呉國よりの朝貢もたむす侍りしなり天平宝字乃むかしは夷狄男女すへて千六百九十余人ハるかに胡化〔ミクニブリ〕を慕ひてまうのほれるる〓052子佃田〔カテツクダ〕なと給ひて永く御国の民と志給ひ其ほかにも秦始皇乃苗裔〔スエ〕あるハ漢唐宋なとの人も同しく皇國〔ミクニ〕をあふきてまう来しにまこと忠誠〔マメ〕なるにハ姓爵禄なとをも賜ひしなりさるたくひ猶多かれは宮中に百官を集へて大宴〔トヨノアカリ〕きとしめするハかならすよし人ともヽ召れ参れる幄ありてそこにて大ミ起禄なと賜わりつヽかしこミすたえすして踏歌打毬なとをも物せしとそしかさふらひ馴まつれはにや蕃人と乎きて御僕人〔ミヤツコヒト〕とさへ訓〔ヨミ〕ならへるなりハた諸〔トツ〕蕃〔クニヽヽ〕より波風の紛れにゆくりなく舩流し来れ
P0797
るをも深くめくみ給ひてわりなくねき申せは居處〔スミカ〕をさへ賜はり又衣〓052なと得させて放ち還されし事なとすへて国史ともに志はヽヽミゆ今も浦々にハよ里ヽヽさることあるを厚く以たはりてハるヽヽと本土に送りかへさせ給ひハた艸に隠れ山にこもりけん奥蝦夷もあまねき御かけによりてやヽ道ひてけいにしへにもまされりとかや諸蕃のま〃来る長崎乃津も時つかせとよなう和〔ナギ〕ぬれハ波の音も聞えすして海人も帆手うつ時にこそ当時〔ソノカミ〕から学ひ盛りなりし頃はハるヽヽとこれかれ唐国へ物ならひに遣されしを御国乃費いくはくそやと上表して停め給へりけん菅原の大臣はうへ現人神なりけり朝鮮は可の神の御弟にくたりてより恩沢〔ミタマフツニ〕をも蒙りな可ら古を忘れて久しくまう来さりしを豊臣乃殿ひたふるにせめ給ひて鼻きり耳切りし給ひしより今ハた絶す参歸〔マウノボリ〕て貢すめれと折を得ていかて報ひをなと懲〓055録に乎のこせるした乃心そをこなりける唐土よりも皇國を仁義
P0798
国君子国なとあかめ尊めりと聞を其尊ミをなしり浦安国をうてやみてまれには竊にかこふ夷賊も侍りけん中にもすさましきハ建治乃比宋をうちむけていたく勝さひたりし元乃はしめの萬将軍とかいふ魁師三百萬の兵をとヽ乃へ西海も陸なすまて舟つとへておしよせたりしか其頃ハ御国にも北條なといふ逆臣〔ワロモノ〕ありてよこさに事をとり世乱れてよろつの政事なともおろそかなりけれといともかしこき神風のいふきいちはやくてかの百千の舩ミな波の底にくつかえりてかの魁師たヽ一人なんからうして国にハ還りたりとかしこ乃乎にもつはらにしるせり凡〔スベ〕て書にミえ聞傳へなとしつるたにあるをいま爰に恩謝使の牌おしたて来れるを万のあたり打ミるこそハめさまもかりけれ琉球人のしはヽヽ来りし事中ゝにいとふるへハ聞〃されと千載集にうりまの島人こヽにそなれ来てこヽの人の物いふをきヽも志らてなんあるといふ頃返事せぬ女に
P0799
 おほつ可那うるまの島の人なれや
 我言乃葉をしらす貌なる
 と公任卿能よみ給ひしことのあるを思へハその頃まてハふつに語も通はてえ聞しらぬたとへにしも引れにけん世俗に入間詞てふこといふもうるま言の訛なるへし今は歌よみ詩作手かきなと其筋をいそしミ習ひてことに皇國の言葉をいとよういひしれぬとなん慶長十九年はかりにや初めてかしこの王みつからまうてきてかしこまり申せしより貢賦たえせす殊に慶亊あるをりハかならす使をたて守の殿よりの御さとしも懇なるに皇國の風いよヽますヽヽ寛なるに靡きて島人もミやひをなくひ馴たるなるへし琉球王は源の為朝の子孫〔ハツコ〕なりときくに故右大将頼朝卿の後胤〔スエ〕なる島津の殿そこを領給ひて扨義家朝臣の御裔〔ミスエ〕いちしろきあつまなる大いくさの君乃大まへにゐて参り給へるもかきりなくめてたきを思へハ上一代よりえさらぬ御ゆゑよしも侍ることなるへしかくて思へハ
P0800
今の清〔カラ〕は明をなんほろほしたる韃靼にしてそは義経朝臣の陸奥より忍ひに渡りてうち平け給ひし北胡なりときけは今ハもろこし乃王も 源朝臣の胤なめりと世こそりていひあへるもしるしなきにはあらさんめれハつひにハ彼土〔カシコ〕よりも八十舩うかへて年の御調をしもたてまつりなんあなめてたや穴かしこや
 う流ま人たに歌よめりときけはいてや一首をたにと中ゝなる筆をとりてつヽりそ〃くれたる紛れに昨日乃道乃よそひへわたり見しことをあからさまにしるしたれは耳なれたる古事をも大方の世の諺なとたヽ打思ふまにヽヽ漫に乎そへたるいにしへのうるま詞にやなそへてまし
 賀茂直兄
P0801
島津家國事鞅掌史料
○參考
 琉踊
 一團踊〔ウチワヲトリ〕
 立津里之子
 崎山子
 一麾踊〔ザヒオトリ〕
P0802
 名嘉地里之子
 渡慶次筑登三
 一笠踊〔カサヲトリ〕
 立津里之子
 崎山子
 一御代治口説〔ミヨオサマルクトキ〕
 名嘉地里之子
 一打組踊
 立津里之子
 崎山子
 城間親雲上
 徳田親雲上
 唐踊
 一打花鼓〔タアハアコ〕 大相公
 徳田親雲上
 老 公
 城間親雲上
 老 婆
 立津里之子
P0803
 官 家
 許田親雲上
 一和番〔オウハン〕 囚舅命
 瀬名波親雲上
 王昭君
 名嘉地里之子
 馬 夫
 許田親雲上
 梅 香
 崎山子
 宅 隷
 渡慶次筑登三
 同
 屋嘉比親雲上
 琉踊用意
 一四ツ竹踊〔ヨツタケオトリ〕
 立津里之子
 崎山子
 一柳踊〔ヤナキオトリ〕
P0804
 立津里之子
 崎山子
 一節口説〔フシクトキ〕
 名嘉地里之子
 渡慶次筑登三
 唐踊用意
 一朱買臣〔シヨバイシン〕
 朱買臣
 池城親雲上
 童子
 立津里之子
 同
 崎山子
 長班
 屋嘉比親雲上
 役夫
 渡慶次筑登三
 宅隷
 城間親雲上
P0805
 同
 許田親雲上
 瀬名波親雲上
 琉踊用意外
 一カスケ踊
 立津里之子
 崎山子
 一下リ口説〔クトキ〕
 名嘉地里之子
 唐踊用意外
 一借衣靴〔サイシハイ〕
 相 公
 徳田親雲上
 〓059 子
 立津里之子
 同                                   名嘉地里之子
 小 妹
P0806
 崎山子
 明 友
 屋嘉比親雲上
 同
 渡慶次筑登三
 一風箏記〔カサホキ〕
 状 元
 渡慶次筑登三
 正 且
 屋嘉比親雲上
 小 且
 立津里之子
 梅 香
 崎山子
 賓 相
 許田親雲上
 潤十一月
 琉 踊
 一團〔ウチハ〕踊
P0807
 立津里之子
 崎山子
 一麾〔ザイ〕踊
 渡慶次筑登之
 一笠踊
 立津里之子
 崎山子
 一御代治口説
 城間親雲上
 一打組踊
 立津里之子
 崎山子
 城間親雲上
 徳田親雲上
 唐踊
 一打花皷〔タアハアクコ〕
 大相公
 徳田親雲上
 老公
P0808
 城間親雲上
 老婆
 立津里之子
 営家
 許田親雲上
 琉踊用意
 一四ッ竹踊
 立津里之子
 崎山子
 一柳踊
 立津里之子
 崎山子
 一節口説
 渡慶次筑登之
 唐踊用意
 一風箏記〔フンツケンキ〕
 状 元
 渡慶次筑登之
P0809
 正 且
 屋嘉比親雲上
 小 且
 立津里之子
 梅 香
 崎山子
 賓 相
 許田親雲上
 一借衣靴〔サイイシハイ〕
 相 公
 徳田親雲上
 〓059 子
 立津里之子
 小 妹
 崎山子
 朋 友
 屋嘉比親雲上
 仝
 渡慶次筑登之
P0810
 琉踊用意外
 一網打踊
 城間親雲上
 一伊計〔イケ〕離ふし踊
 立津里之子
 渡慶次筑登之
 一口説はやし
 徳田親雲上
 以上
 奏樂儀注
 萬年春〔わんねんちゆん〕
 賀聖明〔ほうしんみん〕
 樂清朝〔かうしんちゆう〕
 鼓 登川里之子
 〓062吶 城間筑登之親雲上
 銅鑼 宇地原里之子
 笛 譜久村里之子
 韻鑼 富永里之子
P0811
 笛 濱元里之子
 挿板〔つあぱん〕 小禄里之子
 唱曲儀注
 感恩澤〔かんをゑんつゑ〕
 三絃〔さんひゑん〕 濱元里之子
 樂師
 樂師
 琵琶〔びいぱあ〕 登川里之子
 樂師
 樂師
 同
 福壽歌〔ほじやうこう〕
 慶盛世〔きにぢんすう〕
 瑶琴〔やもうぎん〕 小禄里之子
 樂師
 三絃〔さんひゑん〕 登川里之子
 樂師
 琵琶〔びいばあ〕 濱元里之子
 樂師
P0812
 胡琴〔うしぎん〕 宇地原里之子
 樂師
 奏樂儀注
 鳳凰吟〔ほんわんにん〕
 慶皇都〔きんわんどう〕
 鼓〔くう〕 登川里之子
 〓062吶 城間筑登之親雲上
 銅鑼〔とんろう〕 宇地原里之子
 笛 譜久村里之子
 韻鑼 富永里之子
 笛 濱元里之子
 挿板〔つあばん〕 小禄里之子
 唱曲儀注
 頌太平〔づをんたいびん〕
 二絃〔にうひゑん〕 宇地原里之子
 樂師
 三絃〔さんひゑん〕 登川里之子
 樂師
P0813
 四絃〔すうひゑん〕 譜久村里之子
 樂師
 洞蕭〔どんすやロう〕 濱元里之子
 同
 古〓063〓063
 提箏〔ていつゑん〕 富永里之子
 樂師
 三絃〔さんひゑん〕 濱元里之子
 樂師
 月琴〔いゑぎん〕 譜久村里之子
 樂師
 胡琴〔うぎん〕 登川里之子
 樂師
 同
 琉歌
 三絃 濱元里之子
 樂師
 樂師
P0814
 三絃 登川里之子
 樂師
 樂師
 Ⅱ 12 18 66
P0815